今年の8月15日は例年以上の重み、そして緊張感を伴う終戦記念日になりそうだ。節目を迎えるにあたり、世界は残念ながら恒久的な平和とは程遠い現実に直面している。この日本でも “平和” の2文字は隣国との関係悪化や世界秩序の歪みなどから、きっかけ1つでいつ崩れてもおかしくないほど不安定なものになっている。
人間がいる限り、戦争が無くなることはないーー この残酷な現実に抗うかのように、映画や文学、音楽といった世界中の芸術分野から平和への希求をテーマにした作品が数多く生み出されている。もちろん日本のポップミュージックも例外ではなく、この80年の間にフォークソング、歌謡曲、ロック、ヒップホップ、アイドルソング等々、ジャンル問わず “反戦” を歌った名曲は時代ごとに形を変えつつ、絶えず人々の心に響き渡ってきた。今回は、戦後80年のタイミングであらためて聴きたい、そして平和の意味を見つめ直したい。そんなJ-POPの5曲を選ばせてもらった。
タガタメ / Mr.Children(2004年) 桜井和寿が “愛” を叫んだ渾身のメッセージソング 2004年リリースのアルバム『シフクノオト』収録。世界中で巻き起こる紛争、そして身近な日常で起こり得る事件など、あらゆる怒りや悲しみに対して桜井和寿が真正面から憂い、そして声高に、相変わらず性懲りもなく “愛” を叫んだ渾身のメッセージソングだ。
終盤、畳み掛けるようにカタカナで綴られた歌詞と、鬼気迫るほどのエモーショナルな歌唱は圧巻。2022年以降、ライブで披露することが増えているのは、やはり世界情勢を鑑みてのことだろう。ストレートな反戦歌ではないが、広義での平和を願う想いが強く込められているという点で、こんな時代だからこそ今一度振り返るべき1曲に推したい。
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島唄 / THE BOOM(1992年) 一聴すればラブソングだが… 三線の音色が美しい1993年の大ヒット曲。本土出身の宮沢和史が、ひめゆり平和祈念資料館を訪ねた際に目の当たりにした沖縄戦の悲惨さに触発され、平和への願いを託して作ったのがこの「島唄」だった。一聴すれば男女の別れをテーマにしたラブソングだが、その裏には沖縄戦での自決という重い歴史が描かれている。
元々はアルバムの1曲として発表したのが最初だが、その後歌詞の一部を沖縄の方言にした「島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)」を沖縄県限定でリリースしたところ、県内だけで1万枚を超えるヒットを記録。これを受けて別ミックスを施したものが一般的に知られる「島唄(オリジナル・ヴァージョン)」である。
本土決戦引き延ばしのための “捨て石” とされ、民間人を含む日米20万人以上の死者を出した沖縄戦は、先の大戦において最も過酷な戦いの1つとされている。
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明日なき世界 / RCサクセション(1988年) 核戦争の恐怖を突きつける過激な歌詞 発禁騒動で有名なアルバム『COVERS』収録曲。オリジナルはバリー・マクガイアが1965年に発表した大ヒット曲「Eve of Destruction」である。1971年には「受験生ブルース」で知られるフォークシンガーの高石ともやが、口語調の和訳でカバーした。その訳詞をもとに忌野清志郎が独自の味付けを加えたのが、このRCサクセション版である。
「♪世界中が死人の山さ」
「♪ボタンが押されりゃ それで終わりさ」
核戦争の恐怖を突きつける過激な歌詞は、世界情勢が混迷を極める今こそ、現実に起こりうる危機として胸に迫る。人類が核を手にしたその時から、世界は常に「Eve of Destruction」(破滅前夜)に立たされている。この歌は、その不安と怒りを、鋭い言葉とは不釣り合いなほど牧歌的なメロディ、そして清志郎の吐き捨てるような力強いボーカルに乗せて叩きつける。
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平和の琉歌 / サザンオールスターズ(1998年)、ネーネーズ(2000年) 沖縄の悲しい歴史を背景に平和への祈りを込めた1曲 累計350万枚の大ヒットを記録したサザンオールスターズのベストアルバム『海のYeah‼』に収録された本曲は、沖縄音階を用いた旋律とともに、沖縄の悲しい歴史を背景に平和への祈りを込めた1曲である。
2000年にリリースされたネーネーズによるカバーでは、沖縄民謡の重鎮・知名定男がウチナーグチで作詞した3番が加えられ、原曲に対するアンサー的な意味合いも帯びることとなる。三線の響きが美しく、聴いているだけで沖縄の青い空、どこまでも広がる海が目に浮かんでくる。オリジナルの完成度も高いが、ネーネーズの歌唱によって楽曲の世界観が一層深まったように思う。
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言伝 ―ことづて― / ポルノグラフィティ(2025年) 復興を象徴する “一番電車” の実話 NHK広島『被爆80年プロジェクト わたしが、つなぐ。』のテーマソング。原爆投下のわずか3日後に、焼け野原となった広島の街をチンチン電車が走った。復興を象徴する “一番電車” の実話をモチーフに、広島県因島市出身のポルノグラフィティが半年以上かけて完成させたのが、この「言伝 ―ことづて―」だ。
人類史上類をみない愚かな所業である原爆投下。しかし後世の国々はこれを省みるどころか、脅しの手段に使っているのだから呆れてものも言えない。曲中の「♪宇宙から見下ろしたら 今この瞬間さえ 世界のあちこちでまた火花が飛び散っている」と歌われる現実に胸が痛むが、続く「♪旅は途中 一番電車よ 人がつなぐ愛の架け橋に」という一節にかすかな希望を見出せる。
VIDEO 戦後80年が経った今も、世界は相変わらず争いをやめられずにいる。人類がいる限り、戦争の芽は決して消えることはないだろう。それでも私たちは、その事実に背を向けず、どうすれば暴力ではなく対話で解決できるのか、絶えず模索し続ける必要がある。
音楽では戦火を止めることはできない。だが人の心を動かし、互いを理解し合うきっかけを作る力がある。戦後80年の終戦記念日にこれらの歌を聴くことは、平和を “守るべきもの” として胸に刻み、未来を諦めないための小さくも確かな一歩になるはずだ。
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2025.08.13