リレー連載【輝く!昭和平成カルチャー】vol.5:バンダイ「ガンダムのプラモデル(ガンプラ)」
再放送と映画化で火が付いた「機動戦士ガンダム」人気
『機動戦士ガンダム』のテレビ放映が始まったのは1979年4月7日。初回の放送では視聴率が低迷し、全52話の予定が43話に短縮されることになったが、物語の終盤から徐々に人気が出始めた。そして、放映終了から半年後。バンダイから発売されたガンダムのプラモデルは、爆発的な売れ行きを見せることとなった。通称 “ガンプラ” である。
その要因はテレビ再放送によるファン層の拡大と、1980年3月の劇場版公開によるものが大きいと言われている。また、模型雑誌『ホビージャパン』が独自に改造したガンプラの見本を掲載したり、1981年に創刊された講談社『コミックボンボン』がガンプラを前面に押し出した誌面構成を行うなど、各社が発行する雑誌もこれを後押し。ほどなく、デパートや街のおもちゃ店、プラモデル専門店では、慢性的な品切れ状態が続くこととなった。
品薄によって、将棋倒し事故などさまざまな問題も発生
一番人気は、やはり主人公アムロ・レイが乗る “ガンダム” だ。1/144スケールで当時、300円と低価格であったことも、ガンプラ全体の人気を高めた要因だ。やがて “シャア専用ザク” “改良強化新型グフ” など、ラインナップも充実。しかしいかんせん、手に入らない。自分が欲しい機体 = “モビルスーツ” はなかなか店頭ではお目にかかれず、当時の子供たちはやむなく不人気の “ギャン” や “ゾック” などを買って我慢せざるを得ない状態が長く続いた。
そんな中、1982年1月、千葉県のデパートでガンプラを購入しようと開店と同時にエスカレーターに殺到した小中学生による将棋倒し事故が発生。10数名が負傷し、うち数名が重傷を負ったことで翌日の新聞に大きく取り上げられることになる。ガンプラの人気を表すと同時に、ガンダムを知らない人々にもその名を知らしめる事件となった。さらには、品薄による他の商品とガンプラの抱き合わせ販売や、ガンプラを買うことができた子供からのガンプラ狩り、製造工場への忍び込みなど、加熱した人気からさまざまな問題をも巻き起こしたのだった。
そうした品薄が解消されると、やがて “ゲルググ” や “ジオング” など、脇役で渋めのモビルスーツも人気を博すようになる。
進化し続けるガンプラは、今や塗装も接着も不要
当時のプラモデルは基本的に一色のみで、自分で色を塗って組み立てる必要があった。そのため、ガンプラ専用の塗料も発売されており、忠実に作り上げるためにはそれなりの出費を余儀なくされた。一体のモビルスーツを完成させるためには、少なくとも4〜5種類のカラーが必要だったからだ。また接着剤を使ってパーツを合わせるのも子供には難しく、ある程度の技術が求められた。
しかし、1988年以降からは、これらが大きく改善された。接着剤を使用することなくパーツ同士を合わせるだけで簡単に組み立てられる “スナップフィット” や、一枚のランナーに数種類の色を同時に再現する “多色成型” という技術により、組むだけでカラフルな仕上がりに。
ニッパーひとつで、アニメの設定色に近いイメージで完成する設計となっているのだ。造形の完成度や可動域の広さなど、改良は常に続けられており、クオリティは格段に向上している。また、品質へのこだわりと市場への即応性をより確実にするため、現在ガンプラは静岡にあるバンダイホビーセンターで企画・開発から生産まで、国内で一貫して行われている。
ガンプラ人気は海を越え、今や海外売上高比率は50%超!
ガンプラは2020年で40周年を迎え、これまでに販売されたシリーズを合わせると、約4,500種類を発売。また累計販売個数は2023年3月末時点で7億6,111万個に上る。近年は日本のみならず世界中で販売されており、輸出の割合が増加。現在の海外売上高比率は50%超となっており、特に人気が高いアジア地域を中心に欧米各国でもさまざまなガンプラが販売。2024年10月には 『BANDAI SPIRITS』より“ベストメカコレクション”としてレトロ感溢れるフォルムに進化の過程で培った技術を詰め込んだ 『1/144 RX-78-2 ガンダム (REVIVAL Ver.)』が発売される。
前述の通り、品薄が続いていた昭和のガンプラに比べ、現在は完成度がまったく違う。当時のガンプラしか知らない人は、ぜひ、今一度作ってみてはいかがだろう。今のガンプラ未体験の人にとって、その出来のよさは感動を覚えるレベルである。
▶ 漫画・アニメに関するコラム一覧はこちら!
2024.07.12