ハワード・ジョーンズのことを考えるとその誠実な音楽性、そしてあの一人プレイスタイルからして彼には愛おしさを感じずにはいられない。冒頭から重たくてなんだか申し訳ないが、彼の実直なポップソングが大好きだった皆さんはきっと多いはずだ。 個人的に特別いちばん好きなアーティストって訳でもないのだが、しかし彼のデビューアルバム『かくれんぼ(Human’s Lib)』を聞いた時の衝撃は私の音楽人生における忘れがたい初体験であったことは間違いない。 初期デペッシュ・モードっぽいニューウェーヴ感あふれるトラックから「ニュー・ソング」に代表される王道ブリティッシュポップまで、彼がたった一人で奏でるシンセサイザーの音色を聴いていると、なんともほっこりした優しさに包まれてしまう。それが当時の最新鋭の名機 Roland から発せられる音であるにも関わらずだ。 この、最新技術とハンドメイド、という矛盾を孕んだ究極のロマンチシズム、皆さんもご共感頂けるだろうか? 個人的な話になってしまうが、これは平成に生まれ育った私が自分にとってのリアルタイムの音よりも80年代サウンドを偏愛してしまう最たる要素なのでもある。 やはり人間、誰かにキュンとくる瞬間って、その人が一生懸命になっている姿勢を見たときだと思うのだが(そうだよね?)、 1980年代初頭は、電子楽器における科学技術が現在進行形で発展していた頃なわけで、そのシンセサウンドも作り手の血と汗と涙のすべてを語れるような、「キュン」がたくさん詰まった、激動の時流を象徴する “夢と希望に彩られたキラキラ音” だったりするのだ。 その「キュン」な音を、あのハワード君は、レコーディングは多重録音とはいえ、すべて1人で鳴らしていた。弾き語りでもない限り普通はバンドでやろうとするものを、彼は一人でやってのけた。その根性は、あの繊細そうな眼差しからは想像できない、執念のような熱い何かが、そのタッピングの隙間から滲み出てているようである。 そしてステージではもちろん、“音の魔術師” の異名をとった、活動初期のあの伝説の一人ライヴ。終始一人でキュンキュン鳴らしてくるので、聴いてるこっちはもうキュン死である。しかも6台のシンセサイザーに重量感マックスなショルダーシンセを抱え、なおかつドラムマシン+シーケンサーまで全部一人でやっちゃうもんだから、もう “キュンキュンギュュュュン” なわけで、そんなプレイで数曲聴かされたあとにはもう放心状態になる。 この一人スタイルこそ彼の最大の魅力であり、一人だからこそ生まれたミニマル音のポップソング、ひいてはプレイスタイルまでが後の音楽家に多大な影響を及ぼしたことは言うまでもない。 近いところでは、小室哲哉氏がハワード君のトレードマークであったツンツンなトサカヘアーのみならず、彼のシンセ奏法(片手で弾いていた一つの鍵盤をそのままもう片方の手で組み替え、新たに別の台で弾き始める超絶カッコいい技)までバッチリ完コピ。かなりの影響を受けていることが伺える。 それにしても、なぜハワード・ジョーンズはこれほど無謀とも思えるワンマンスタイルをとるに至ったのか? どうやらかつて彼はプログレやパンク等のバンド形態で活動したこともあるらしい。しかし元来スティーリー・ダンを敬愛し、幼少期からピアノとお友達だった彼は、音楽性の合う仲間を見つけることができないまま、結婚もして昼は工場で働きながら、夜はバーで演奏するという生活を送り、気が付けば26歳になっていた。 そんな時に彼の運命を変えたもの、それが後に最高の相棒となる Roland Jupiter-8 だったというわけだ。 これに先見の明を見出した彼は「これなら友達がいなくても一人でできる」と、当時住んでいた家までも売り払って Jupiter-8 を購入。家庭がありながらこの無茶ぶり。かなり理解のある奥さんである。 かくしてハワード・ジョーンズは28歳にして遅咲きのデビューを果たし、その黄金伝説が誕生したのであるが、もし彼に友達がいたならばハワード・ジョーンズの音楽がここまで影響力のあるものになったのか、と考えるとまた違うのかもしれない。 バンド形態をとってエレクトロ・スティーリー・ダンのような音楽をやっていたなら? 今日では彼の代名詞である Jupiter-8 さえも、ここまでのレジェンド的名機と謳われることはなかったのかもしれない。 音楽の歴史とは、いつでも些細なきっかけから作られるものである。ハワード・ジョーンズの場合、それは「友達がいなかったから、一人でやるしかなかった」。しかし、孤独は力。私はそんな創造性あふれる天才の姿をハワード・ジョーンズから教わった。 じつは、私自身も友達がおらずバンド結成を諦め、音楽ができない空白の十年間を過ごしたことがあった。が、まさか一人でやるという発想があったとは。『かくれんぼ』を聴いていると頭が上がらない。かくして私は、今では一人でできる DJ という活動に徹し、こうしてハワード・ジョーンズの曲を回し、多くの人に届けていけることはとても幸せなことだと心底思っている。皆さんも、ハワード・ジョーンズの苦心の背景を知ったうえでこのアルバムを聴くことで、きっと彼のことを愛おしく感じられるようになれると思う。 ありがとうハワード君。よく一人で頑張ったよハワード君。
2019.08.07
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