映画のタイトルにもなった「プリティ・イン・ピンク」のヒットで知られるザ・サイケデリック・ファーズ。ただ、このバンドは “ヒットで知られる” といっても映画ほどはその名を知られていません。
映画『プリティ・イン・ピンク 恋人たちの街角』(86年)の題名は、彼らのセカンドアルバム『トーク・トーク・トーク』(81年)からカットされた2枚目のシングル「プリティ・イン・ピンク」から名付けられました。曲はこの映画のために再レコーディング、サントラのヒットにより、ようやくバンドの知名度が上がったという経緯があります。
ちなみにそのサントラから先にシングルカットされたオーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダーク(OMD)の「イフ・ユー・リーブ」ほどはヒットしなかったという悲しいオチもありました。ともあれこのサイケデリック・ファーズ、めちゃめちゃカッコいいバンドなんですよ。
1977年にフロントマンのリチャード・バトラーとその弟ティム・バトラーを中心にロンドンで結成、80年にはアルバム『サイケデリック・ファーズ』でメジャーデビューを果たします。デヴィッド・ボウイを髣髴とさせる低音の効いたカリスマ的なヴォーカルとサックスが入ったニューウェーヴサウンドが話題となりますが、ヒットには恵まれませんでした。しかし、前述のセカンドアルバムでより聴き易くポップなアプローチを始め、その傾向はアルバムのリリースごとに強くなっていきます。
私がサイケデリック・ファーズを初めて聴いたのは3枚目の『フォーエヴァー・ナウ』(82年)。このアルバムは結構ポップにまとまっていたのですが、残念ながらシングルヒットには繋がらず。そしてさらにポップになった4枚目のアルバム『ミラー・ムーヴス』(84年)で名曲(と個人的には思ってます)「ヘヴン」が生まれます。
このアルバムはUKで15位、USで43位とこれまでの最高位を記録します。とは言えUKでもUSでも、シングルもアルバムもトップ10の壁が破れません。そんな時に過去の隠れた名曲「プリティ・イン・ピンク」が映画のタイトルになるというニュース。これは嬉しかったですね。
そうして映画によって世界レベルで知名度が上がった彼らが満を持して5枚目のアルバム『ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト』を87年に発表しました。キャッチーなシングル「ハートブレイク・ビート」や再録版の「プリティ・イン・ピンク」も収録され、チャートもこれまでの最高位を記録します。ただ個人的にはキャッチーになりすぎて重みの欠けたやや残念な内容という感想。こういう移り気なファンを持つとバンドにとっては酷ですよね。せっかく売れようと意気込んで作ったのに(笑)。
結果的にはとうとうトップ10の壁は破れないまま、91年に7枚目のアルバムをリリースして解散(2001年に再結成)。やっぱり現在もバンドより映画の方が知名度あるかなあといった感じです。映画がヒットしましたから特にですよね。
80年代のUKロックやニューウェーヴの歴史の中でこのバンドの名前がなかなか挙がってこないのは寂しいものがあります。1、2枚目のアルバムはスティーヴ・リリーホワイト(1枚目にはマーティン・ハネットも参加!)、3枚目にはトッド・ラングレンといった通好みのプロデューサーも起用してますし、このバンドを今一度再評価するのはいかがでしょう?
個人的にはこの初期3枚が特におススメです。
2017.11.28
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