12月9日
ジョン・レノンが放つ言葉の力、目に見えるものが本当とは限らない
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ジョン・レノンの「ノーバディ・トールド・ミー」がリリースされた日
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photo:Discogs  

ジョン・レノンの「ノーバディ・トールド・ミー」がリリースされたのは、ジョンがニューヨークの自宅前で銃弾に倒れた3年後のことだった。

僕は中学2年で、その頃にはビートルズの熱心なファンになっていた。ジョンが生前にレコーディングした曲が発売されると聞いたときは、もう新曲は聴けないと思っていただけに、とても興奮したのを覚えている。

ところが、発売当初、僕の周囲での「ノーバディ・トールド・ミー」の評判はけっして芳しいものではなかった。曲調はジョンらしい軽快なロックンロールだったが、「ジョン・レノンの新曲」という大看板からすると、いくらかインパクトに欠けるのは否めなかった。

それもそのはず、「ノーバディ・トールド・ミー」はまだリハーサルテイクの段階にあり、完成した曲ではなかったのだ。

オノ・ヨーコも当時のインタビューで、この曲が一番完成に近かったからシングルに選んだと語っている。つまり、もしジョンが生きていたら、「ノーバディ・トールド・ミー」はこれとはまた別の形でリリースされた可能性があったということだ。

そして、過去のフィルムを編集したミュージックビデオがまた微妙だった。少なくとも、この曲で初めてジョン・レノンのことを知る中学生向けとは言えない内容だった。

長髪、髭、丸眼鏡、白いスーツを着ておかしなステップを踏みながら歩くジョンの姿は、友人達の目には随分と奇怪に映ったらしい。「これのどこがかっこいいんだ?」と仲間のひとりに言われたとき、返答に困ったのを覚えている。

ちょうどポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソンの「セイ・セイ・セイ」が全米1位を独走していた頃で、どうしても比較されてしまう。しかも、こちらのビデオはちょっとないくらい秀逸だっただけに、それもジョンには分が悪かったと言えるだろう。

「ノーバディ・トールド・ミー」に対する友人達の評価は、可もなく不可もなくといったところだった。そこにはファンである僕への遠慮も含まれていたように思う。ひとりが「ジョン・レノンの名前で売れたんだよ」と言うと、その場にいる全員がうなずいた。

でも、僕はこの曲が大好きだった。音楽的には肩の力を抜いた佳曲といった趣きだったが、ジョンのヴォーカルは生き生きとしていたし、なにより歌詞が素晴らしかった。


 誰もがしゃべっているけど
 誰も言葉を発していない

 誰もが愛し合っているけど
 誰も本気じゃない

 風呂場にナチスがいるぜ
 階段のすぐ下だ
 
 いつも何かが起きているけど
 何も前に進んでいない

 いつも何かを料理しているけど
 鍋の中には何も入っていない

 中国では餓死者が出ているんだ
 君もどうするか決めなきゃならない


対比的なフレーズが物事の本質を鋭く突いていた。言葉で遊ぶように韻を踏みながら、歌っている内容には普遍性が感じられた。まさにジョン・レノンにしか書けない曲だった。

ここでジョンが歌っているのは、現実と真実の間にあるズレだ。目に見えるものが本当とは限らないという示唆だ。曲が進むにつれ、ジョンの言葉は痛快さを増して行く。

「誰もが駆け回っているのに、誰も行動を起こしていない」、「誰もが勝者なのに、ひとりも敗者がいない」、「誰もが泣いているのに、泣き声ひとつ聞こえない」、「誰もが飛んでいるのに、誰も空には触れていない」。そしてジョンは、まるで両手を広げるようにして、こう感想を述べるのだ。


 こんな時代が来るなんて
 誰も言ってなかった

 こんな時代が来るなんて
 誰も言ってなかった

 まったく奇妙な日々だよ 
 おかしなもんだね、ママ


そもそもこの曲は、1978年にリンゴ・スターのために書かれたと言われているが、39年がたった今でもその有効性はまったく失われていない。むしろ、予見的でさえある。僕だってこんな時代が来るなんて思いもしなかった。

ある日のこと、学校に行くと数名の友人が興奮気味に僕に話しかけてきた。「ジョン・レノンは最高だ」と言う。それは間違いないが、突然のことで意味がわからない。

なんでも「ノーバディ・トールド・ミー」のミュージックビデオ(※)に訳詞をつけたものがテレビで放送されたらしく、そこで歌詞の内容を知ったというのだ。

「すげぇかっこいいよ。あの歌詞、最高。俺はポールよりもジョンの方がいいなぁ」とまで言いなさる。僕はほくそ笑むしかなかった。やっぱりジョン・レノンの言葉の力は絶大だ。たった1曲で状況を一変させてしまうのだから。


※注:
当時のミュージックビデオはリメイクされ、今は観ることができません。

2017.08.27
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  YouTube / johnlennon 
 

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1967年生まれ
にしやん
ノーバディ・トールド・ミー大好きです。
長髪、髭、丸眼鏡、白いスーツを着ておかしなステップを踏みながら歩くビデオは観たことがなかったので、興味津々です。
2017/08/28 09:37
0
返信
1970年生まれ
宮井 章裕
有名な映像だから、きっとご覧になったことがあると思いますよ。ヨーコと並んで歩いてます。
2017/08/28 20:28
0
1965年生まれ
ユパ
私もこの曲が大好きだし、サイコーだと思ってます。
2017/08/27 10:41
0
返信
1970年生まれ
宮井 章裕
聴けば聴くほど好きになるし、いくら聴いても飽きない魅力がありますよね。
2017/08/27 12:56
0
カタリベ
1970年生まれ
宮井章裕
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