「世界一悲しい声」坂本龍一がロバート・ワイアットの声をこう表現したことがあります。他には「天使の声」だとか「魔法の声」などと評されたりもします。一度聴いたら忘れられない、他のアーティストに参加している楽曲でも一聴してすぐ彼だとわかる唯一無二の声。そんなロバート・ワイアットの作品に私が初めて接したのは、84年にリリースされた『1982-1984』でした。
ロバートは英プログレバンド、ソフト・マシーンのヴォーカル兼ドラマーとして活躍したのち事故で下半身不随に。ドラマーとしてのキャリアは断たれるもシンガーソングライターとして70年代にはアルバム『ロック・ボトム』など傑作を生み出していました。80年代に入り、EPやシングルをマイペースに出していましたが、それらをまとめたコンピレーションが『1982-1984』です。インディーのラフ・トレードからのリリースでしたが、幸い日本でもメジャーからのディストリビューションがあったので容易に手に入れることができました。
ひたすら美しいメロディアスな楽曲があるかと思えば、やや実験的ともいえるプログレッシヴ・ソングや、サウンドもテーマも非常に重い楽曲なども多い彼の作品の中において、ジャズ・スタンダードのカヴァーやピーター・ガブリエルの「ビコ」のカヴァーなど、割と聴き易いこの『1982-1984』から彼を知ったのはラッキーだったかもしれません。
そしてこのコンピには、エルヴィス・コステロが提供した大名曲シングル「シップビルディング」が収録されてます。のちにコステロがセルフカヴァーし、チェット・ベイカーの素晴らしいソロもフィーチュア(そのまたのちにチェット・ベイカーもカヴァー)されたので今ではそのセルフカヴァーが初出のように思われているかもしれません。しかし、このロバート・ワイアットによる「シップビルディング」における侘しさと美しさにまみれた “奇跡の声” のマッチングも非常に素晴らしいものがあります。
歌詞は、閉鎖された造船所が軍艦を造るために再開するといった内容。造船の街にはまた潤いがもたらせられるのかもしれないが、そうすることによって息子たちも兵士として戦争にとられ帰ってこないかもしれない。それでもできるのは船を造ることだけ……。実際に82年におきたフォークランド紛争を受けての、けっこうストレートな反戦歌なんです。
そういった歌詞のせいもありますが、やっぱり彼の声と歌い回し。美しいだけではない哀しさと何かしらの重みを感じずにはいられません。ですので、セロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」やピーター・ガブリエルの「ビコ」なども完全にワイアット・ワールドです。非常に深みのあるカヴァーになっています。
彼と共演すると作品が彼の声に覆い尽くされてしまうので敬遠されがちかと思いきや、やっぱりミュージシャンズ・ミュージシャン。熱烈なファンであるミュージシャンから作品への参加をよくリクエストされます。2014年にリリースされた彼のベスト盤『ディファレント・エヴリ・タイム』は2枚組で1枚はこれまでの彼がメインのキャリア、もう1枚はジョン・ケージ、フィル・マンザネラ、ビョークらの作品への客演集となってます。その客演集を1枚通して聴いても、彼名義の作品と言い切っていい、彼独自の世界が展開されます。
この2枚組ベストも名曲だらけですが、ここに収録されてない、絶対に聴くべき名曲「オー・キャロライン」(マッチング・モール名義)、「シー・ソング」、前述の「ビコ」、坂本龍一への客演「ウィー・ラヴ・ユー」(ローリング・ストーンズのカヴァー)など、掘りはじめるのもいいでしょう。寒空の中、癒しとはまた違った、“感動の声” で心を温めてみるのはいかがでしょうか?
2017.01.19
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