映画「アンタッチャブル」アル・カポネを演じたロバート・デ・ニーロ
1930年、禁酒法下のシカゴ。
密造酒と脱法のもぐり酒場の収益は10億ドル市場と言われ、ギャング同士の縄張り争いは激化の一途をたどる。抗争に次ぐ抗争でマシンガンが街を血で染め、街なかで手榴弾が炸裂し多くの市民を恐怖のどん底に陥れていた。そのシカゴギャングのビッグ・ボスとして君臨していたのが、アル・カポネであった。
頬に傷があったためスカーフェイスと呼ばれ、恐れられた無法の王。市議会議員、警察を買収して勢力を拡大し、カポネは実質的な市長ともいえる存在だった。20年代が終わる頃にはシカゴで誰もが知る有名人となり、巨万の富を築いてシカゴから西部へと広がる闇の一大組織を支配した。
その一方でカポネは音楽を愛しオペラを鑑賞する他、ジャズの大ファンであり、酒場やナイトクラブで黒人ミュージシャンに演奏させるなどショービジネスにも深く関わっていた。シカゴは1927年頃にはジャズの世界の中心地となり、カポネは兄と共にシカゴ最大のジャズのプロモーターとなる。コットンクラブといったナイトクラブでは市長以下、市議会議員、判事や役人達が常連となり警官さえも客となって大いに繁盛した。カポネの元では、その権力によって禁酒法は存在していないも同じだった。
そんな暗黒街の帝王、アル・カポネをロバート・デ・ニーロが演じたのが、映画『アンタッチャブル』(1987年)だ。
デ・ニーロは、体重240ポンド(約108.9kg)のカポネに雰囲気を寄せるため、30ポンドも体重を増やし、前髪を抜いて丸顔を作り役に挑んだ。これはデ・ニーロ・アプローチと呼ばれる演技法で、感情だけでなく体型をも役に合わせていく彼独特のやり方である。当時これと同じようなことをしていたのは松田優作ぐらいだろうか(デ・ニーロに心酔し『野獣死すべし』では体重を落として奥歯を抜き、狂気をまとった死神のような主人公を作り上げていた)。デ・ニーロの演技はカポネのようにすでに死んだ人間でさえもスクリーンに完璧な形で蘇らせる。特に仲間との会食の場で裏切り者をバットで殴り殺すシーンは強烈だ。この処刑は実際にあったことで、現実には3人を殺している。突然、瞬間湯沸かし器のように沸騰して敵を抹殺するーー この意表を衝く演技には度肝を抜かれた。その真摯な映画への情熱は、現代のカメレオン俳優とは演じる上での覚悟がまるで違って見えた。
監督はブライアン・デ・パルマ
さて、ここで『アンタッチャブル』がどのような映画なのか、説明したい。
この作品は同名のテレビシリーズ(1959-1963年)のリメイク作品。原作は1957年に刊行された財務省特別捜査官エリオット・ネスの自伝である。ドラマでは実在の有名ギャングが次々と登場しネスと対決する実録タッチに加え、ギャングが撃ちまくるトンプソン・サブマシンガンの激しい銃撃シーンがウケて大ヒットした。その名作ドラマの映画版は時を経て1987年に公開、監督したのはブライアン・デ・パルマだった。
「アンタッチャブルはギャング映画じゃない。僕には荒野の七人のように撮れる」
彼はこの時、ヒッチコックの再来との呼び声高いサスペンススリラーの寵児だったが、絶え間無く暴力で迫るスリラー映画に嫌気が差していたのだという。また『アンタッチャブル』と出会い、登場人物に関心を持つ度合いがずっと大きくなったとも語っている。こうしてデ・パルマはサスペンススリラーで培った独自の映像感覚と骨太な人間ドラマの両立を果たすのである。
そして、そのドラマを彩るエンニオ・モリコーネ作曲のメインテーマ「正義の力(The Strength Of The Righteous)」も抜群に良い。冒頭、この曲が醸し出す強い緊迫感のなかで物語は始まるのだが、まるで敵に囲まれた世界で逃げ場のない狭い一本道を歩いているような気分にさせられる。
スター街道に踊り出たケビン・コスナー
アメリカ第三の都市シカゴは、アル・カポネ率いる組織が街を牛耳っていた。ギャングたちは違法の酒を売りさばくのに市民の殺人も厭わない。そこで政府は財務省のエリオット・ネス(ケビン・コスナー)を派遣する。ネスは赴任早々、市警の警官隊を引き連れて密造酒の摘発で手柄を立てようとするが、買収されていた警官が情報を漏らしていたため失敗。世間の失笑を買う。その帰り道に出会った初老のパトロール警官ジミー・マローン(ショーン・コネリー)に警官の仕事は手柄を立てる事ではなく、生きて無事に家に帰る事だと諭される。マローンは多くの修羅場をくぐり抜けて犯罪都市で生き抜く術を知っていた。以後、ネスはマローンを信頼し共に行動することになる。警察学校に出向くと射撃の天才ジョージ・ストーン(アンディ・ガルシア)をスカウト。さらに本省からは経理部出身のオスカー・ウォレス(チャールズ・マーティン・スミス)がやってくる。カポネの巨大シンジケートを崩すため、たった4人で組織暴力と戦うことになる。手出しの出来ない奴ら "アンタッチャブルズ” その最初の仕事は郵便局に隠された密造酒の摘発だった。
デ・ニーロを宿敵に、コネリーを脇に置くこの映画のキャスティングには舌を巻いた。とはいえ、その難しさは主演俳優の配役の方が大きかったに違いない。デ・パルマと脚本家のデビッド・マメットが求めたのは、ジェームス・スチュアートやゲ-リー・クーパーを彷彿とさせる人物。矢のように鋭い理想と静かな強さを秘めた主人公だった。
当初エリオット・ネス役の候補に上がったのは、ハリソン・フォード、メル・ギブソン、ウイリアム・ハート。結果的にまだ名の知れていないケビン・コスナーが選ばれる。中西部的な外見がいかにも典型的なアメリカ人だったのと西部劇『シルバラード』で見せたクーパー的要素が決定打だった。プロデューサーのアート・リンソンは、パラマウント社がコスナーがまだ無名だったのを気にしていたため、共演者を大物で固めたと語っている。コスナーは大物ばかりのオールスターキャストの映画に出ることで一気にスター街道に踊り出たのである。
自伝などの書物で背景を知ってから観ると面白さも理解度も違う
ケビン・コスナーが演じるエリオット・ネスは決してヒーローではなく、良き夫であり父親であり善良な家庭人、ごく普通の大人だ。TVシリーズの暗くハードな役柄とは全く違っていて典型的なアメリカ人だった。そんな男がギャングを相手に捜査官としてどのように成長していくのかも見所である。間が抜けた力のない男が失敗を乗り越えて犯罪を追い、密輸の摘発を成功に導くと巨大な組織暴力により家族や仲間が襲われる。そして、家族から離れて孤独となり、大切な仲間を殺され、ただ善良に生きてきた男がついに復讐心から人を殺すことになる。そんなエリオット・ネスの姿は米国の観客の心に火を付けた。コスナーは実在のアンタッチャブルズの一人、アル・ウルフから話を聞き、新たなるネス像を完全に作り上げたのだ。ウルフはネスの仕草から性格まで事細かに語った。
「ネスはゆっくりと歩く」
「何も知らないナイーブなヤツだったが、次第にいろいろ覚えていったよ。だんだんヤバくなってくると乱暴が過ぎることもあった」
「はじきを出すときは使うときだ。命がかかっているんだから」
こうして、ケビン・コスナーは勧善懲悪を超える主人公のリアリティを手に入れた。それはロバート・デ・ニーロ、ショーン・コネリーという偉大な名優たちと並び立つ、若き才能が芽吹く瞬間だった。
もし、これからもう一度、映画『アンタッチャブル』を観るのであれば、迫力のあるアクションや気の利いたセリフを楽しむのもいいが、デ・ニーロやコスナーのように多くの情報を知ってから観るのもいい。
アル・カポネの伝記やエリオット・ネスの自伝など、現代に残された様々な書物を通して、禁酒法時代のアメリカを知ることができる。そこから紐解いていけばイタリア移民へ向けられていた差別も理解できるようになるだろう。ネスの正義というコインの裏側にはカポネの正義がある。シカゴジャズ、黒人ミュージシャンの庇護、クリスマスには貧しい人々へ贈り物をしていたというカポネ… これもまた事実として語り継がれていることなのだ。
参考文献 :
「ケヴィン・コストナー ハリウッドの新しき帝王」トッド・キース著
「秘められた野心 ケヴィン・コスナー物語」ケルバン・キャディーズ著
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2022.05.23