先日、知人が「恋をすると、食べ物が喉を通らないというが、逆においしい」と言っていた。恋人と一緒に食べる食事がおいしいのだと言う。幸せな恋愛をしているのだろうと思った。
恋と食欲、というと思い出す歌がある。ピチカート・ファイヴのデビューアルバム『Couples』収録の「皆笑った」。この歌には、恋に落ちた男女が登場する。男の、いつものオフィスでの様子。眠れなくて仕事中にはあくびばかり、お昼ご飯はサンドイッチだけ、「食べたくもない」と言う。
みんな、そんな僕を笑う。「恋」してるなんて、もう若くないのにと。自分でもおかしいからすこし笑う。そしておかしいけど、すこし悲しい、すこし淋しいと言う。そばかすは消えたけど美人でもない、と自分を笑う、やはり恋している女とのツインボーカルで、悲しい、淋しい、すこし笑ったと言いながら、消え入るように終わる。
恋に落ちることは嬉しいことではないか。恋に落ちる相手と出会うのは嬉しいことではないか。しかし、この歌を始めピチカート・ファイヴの小西康陽の歌詞では、よく、悲しい、淋しいと言う。
同じアルバムの「連載小説」という歌では、窓越しに雨が降るのを見ていて、突然愛に気付くのに、世界はウキウキ開けない。悲しくなるほど、死にたくなるほど、嫌いになるほどと、「好き」を絶望的にとらえる。そして「いつか年をとって」という未来への諦めまで出てくる。
ピチカート・ファイヴと言えばオシャレで音は軽快で、その後の野宮真貴ボーカル時代にはそれこそ渋谷系の頂点みたいなキラキラな存在になるのに、根底にあるのはこの、小西康陽の書く「絶望」ではないか。
絶望を、緻密に組み立てたメロディーに乗せ、あっさりと歌わせる。天使が微笑んだり、つむじ風がふいに起きたりして恋が始まると明るく歌う時も、とりあえずこの瞬間言っておこうぜ、踊っておこうぜ、きっと「今」しかないからという感じだ。
ピチカート・ファイヴ作品の中、「あなたのいない世界で」は、小西世界観が淡々と映し出されていてとても好きだ。
あなたのいない世界で
私は週末の夜
薬を服んで眠った
短くて美しい夢を見て
目覚めると私は少し泣いた
あなたのいないこの世界で
あなたのいないこの世界で
小西康陽が悲しいのは、この、いつか訪れる「あなたの不在」の予感からではないか。あなたに出会い、恋に落ちた瞬間、幸福の向こうに透けるのは「あなたのいない世界」。そのことを思って先に悲しくて、淋しいのではないか。
それなのに、ずっとこの30年、恋の歌を書き続ける彼は、「絶望系絶倫」だと思う。
昨日、ダウンタウンレコードで行われたトークショーで小西氏の話を聞いた。小西氏は、年をとってきてレコードの聞き方が変わったと言っていた。もう二度と聞かない、一生このまま聞き直さないというレコードがわかってしまうと。
しかしその後、楽しそうにレコードを掘っている姿を見かけた。いろいろ見えていて、そして3万枚もコレクションを持っていても、まだレコードを探し続けるのだな、と思った。それってもしかして「恋」と同じかもしれぬ。
昨年再発された7インチシングル「皆笑った」を持っていってサインしてもらった。とてもきれいな字で私の名前も書いてくれた。そのレコードを見ながら、私も30年間も、この歌をずっと好きなんだなと思って、少し笑った。
歌詞引用:
あなたのいない世界で / ピチカート・ファイヴ
2017.06.27
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