7月7日

W浅野「抱きしめたい!」これぞ日本版「セックス・アンド・ザ・シティ」

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W浅野主演のドラマ「抱きしめたい!」第1話が放送された日
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photo:フジテレビオンデマンド  

皆さん―― トレンディドラマって覚えてます?

80年代後半、オシャレな街を舞台に、今を時めく若手俳優たちが、カタカナ職業(この表現自体が80年代ですナ)に扮し、独身なのに豪華デザイナーズマンションに住み、ブランドの服に身を包んで、夜ごと流行りのカフェバーに繰り出しては、仲間内で好きだの惚れたのやっていたライトコメディ風の群像劇である。出演者の一人にコメディリリーフで布施博がいたりして――。

オンエアの翌日には、彼らが身に着けていたファッションや劇中で使われた音楽が話題になるなど、“カタログドラマ” とも呼ばれた。

世はバブル景気真っ盛り。そんな時代の高揚感ともマッチして、トレンディドラマは大ブームになった。一例を挙げると――『君の瞳をタイホする!』、『意外とシングルガール』、『君の瞳に恋してる!』、『ハートに火をつけて!』、『湘南物語~マイウェイ、マイラブ』、『オイシーのが好き!』、『愛しあってるかい!』

―― 特徴は、やたらタイトルに「!」が入るドラマが多いこと。

だが、ブームは突如終息する。

1988年、89年と吹き荒れたトレンディドラマの風は、バブル崩壊がささやかれ始めた90年半ばの『恋のパラダイス』で失速、ブームはわずか2年半で終わる。そして翌91年1月、フジテレビの月9に『東京ラブストーリー』が登場すると、時代は等身大の主人公がたった一人を愛する純愛ドラマへと舵を切る。空前の90年代の連ドラブームの幕開けである。

よく誤解されがちだが、『東京ラブストーリー』や『ロンバケ』といった90年代の大ヒットドラマは、トレンディドラマとは違う。そして、これから紹介するドラマも、典型的なトレンディドラマと言われながらも、実はその根幹を形成するのは普遍的な物語だったり、ハイセンスな演出手法だったりで、トレンディドラマとひと言で片づけるにはもったいない作品だった。

ドラマの名は『抱きしめたい!』――。

主人公は、当時 “W浅野” と呼ばれ、世の女性たちのファッションリーダーと化していた浅野温子と浅野ゆう子。共演に、岩城滉一、石田純一、本木雅弘―― と、これまたいい男たちが並ぶ。おっと、布施博も忘れちゃいけない。

そのオープニングは、外国のマリンリゾートのビーチで、W浅野が大胆な水着でシャンパンを抜き、そこへダイビングスーツ姿の岩城滉一が海から上がってくる浮世離れしたもの。バックに流れるは、カルロス・トシキ&オメガトライブの「アクアマリンのままでいて」――。

そう、今日―― 7月7日は、今から31年前の1988年に、ドラマ『抱きしめたい!』の第1話がオンエアされた記念すべき日である。

話は少しばかり、さかのぼる。

80年代の半ばまで、テレビドラマの世界は TBS の一強だった。「ドラマの TBS」と呼ばれ、名作やヒットドラマは大抵、TBS から生まれた。

一方、フジテレビは80年代に入り、“ジュニア” こと鹿内春雄副社長が掲げる「楽しくなければテレビじゃない」のスローガンで、開局以来初めてとなる年間視聴率三冠王に輝くも―― その原動力はバラエティだった。ドラマに関しては、TBS の遥か後塵を拝していた。

そんなある日、フジテレビの若きドラマプロデューサー大多亮サンが一本の映画と出会う。それがホイチョイムービーの『私をスキーに連れてって』だった。大多サンは「僕らが作るべきドラマはこれだ!」と開眼する。

同じ時期、フジテレビのドラマ演出班の河毛俊作サンも、日本の連ドラに違和感を覚えていた。それは、劇中にリアルな現代が描かれていないこと。例えば、渋谷の街のシーンなのに、道行く人々の誰もアニエスb.を着ていなかったり、ポパイやホットドッグ・プレスが1ルームマンションを特集する時代なのに、ドラマに登場する若者は一様に四畳半一間の安アパートに住んでいたり――。

かくして、新しいドラマ作りで意気投合した2人は、翌1988年の1月クールに1本のドラマを立ち上げる。それがトレンディドラマ第1号と呼ばれる『君の瞳をタイホする!』だった。とはいえ、当時の編成部は実績のない恋愛ドラマを認めず、刑事ドラマを欲していたので、2人は苦肉の策で渋谷の署を舞台にした若い刑事たちの青春群像劇として企画を通した。タイトルも刑事モノと恋愛モノの折衷案だった。

ところが―― 蓋を開ければ、同ドラマは大ヒット。河毛サンの提案で、渋谷のロケがふんだんに盛り込まれ、流行りのスポットも度々登場した。出演者の衣装も “衣装さん” ではなく、“スタイリスト” を起用した。そこにはリアルな渋谷の「今」があった。

メインキャストは陣内孝則・柳葉敏郎・三上博史。それにバツイチで子持ちの婦警役でグラビアモデルの浅野ゆう子が抜擢され、若手枠で当時人気絶頂のアイドル工藤静香が起用された。同ドラマでイメチェンに成功した浅野ゆう子の人気が再燃する。

そして同年7月クール、再び大多P・河毛Dの座組で制作されたのが、件の『抱きしめたい!』である。主演は、『あぶない刑事』で当時人気絶頂だった浅野温子に、前述のドラマで復活した浅野ゆう子。2人は “W浅野” と呼ばれ、女性誌などで話題になるが―― 事実上、クレジットは浅野温子が先で、女優としてのキャリアも人気も、多数の映画出演のある浅野温子のほうが格上だった。

物語は、スタイリストとして活躍する麻子(浅野温子)のマンションに、ある日、幼稚園以来の四半世紀の親友・夏子(浅野ゆう子)がスーツケースを抱えて転がり込むところから始まる。夫の圭介(岩城滉一)が浮気したので、家出してきたという。

ここから女2人を主軸に、彼女たちを取り囲む男たちを含めたライトコメディ群像劇が繰り広げられる。冒頭のシーンから推察される通り、元ネタはニール・サイモンの喜劇『おかしな二人』である。

劇中、麻子が弁当箱のように大きな携帯電話(当時最先端です)を使いこなしたり、彼女の住むマンションが屋上にジャグジーのある家賃25万円のデザイナーズ物件だったり、夏子のファッションが全身シップスでコーディネートされていたりと、ここでも河毛演出は光っていた。

更に、同ドラマの劇伴は、ピチカート・ファイヴの小西康陽サンが手掛け、洋楽もふんだんに使われた。まだピチカートが「スウィート・ソウル・レヴュー」でブレイクする5年も前だ。全て、河毛サンの趣味である。彼自身、大手製紙会社の御曹司であり、幼少時から東京のハイソサエティー文化で育った生粋のメトロポリタンだった。

当時、W浅野の2人は27、8歳。ところが劇中の2人は29歳の設定で、逆サバを読んでいた。更に、2人は性描写を連想させる台詞も厭わなかった。そう、これは大人のドラマだった。大都会を舞台に、ハイセンスな小道具と音楽に、ウィットに富んだ大人の会話―― 今思えば『セックス・アンド・ザ・シティ』の日本版だった。かのドラマが1998年の登場だから、それより10年も早かった。

事実―― 今、改めて一連のトレンディドラマを DVD で見返すと、かなり痛い描写が目立つ中、『抱きしめたい!』だけは奇跡的に面白いのだ。オシャレだし、全然痛くない。特筆すべきは、W浅野が振り回される岩城滉一サン演ずる圭介の存在である。基本、女にだらしないダメ男だが、言い訳しないし、実にカッコいい。いい男を演じて様になるのは普通の二枚目だが、ダメ男を演じて様になるのは本物の二枚目である。

同ドラマのテーマは「女の友情」だ。最終回の1つ前の回のラスト、麻子と夏子は圭介(岩城)を巡って喧嘩し、2人とも家を飛び出すが―― しばらくして、帰ってくる麻子。そこへ圭介が出迎える。2人の様子を陰から眺める夏子。この時の圭介と麻子のやり取りが同ドラマのクライマックスである。

圭介「オレ、夏子と別れる」
麻子「聴きたくない…」
圭介「別れる」
麻子「… 別れられない」

かぶりを振る圭介。

麻子「違う… アタシが夏子と別れられないの。別れられっこないもん。もう夏子、傷つけられないよ!」

ここで感動的な音楽が流れる。今の連ドラなら主題歌を大音量で聴かせるところだが、河毛サンはそんな無粋なことはしない。かかるのは洋楽の劇伴だ。

ちなみに、このクライマックスに主題歌をかけるか、かけないかの論争で、この2年後の『すてきな片想い』で、河毛サンと大多サンは大ゲンカをする。そして以後、2人は2年間、ひと言も口を聞かない仲になる。

時代は、大多サンの『東京ラブストーリー』が一世を風靡し、以後、連ドラのクライマックスで主題歌がかかるのが定番になる。連ドラからミリオンセラーが続出し、90年代前半、日本の音楽市場は最高潮に盛り上がる。

もし、歴史に if が許されるなら――『抱きしめたい!』のクライマックスで、事あるごとに同ドラマの主題歌がかかっていたら―― カルロス・トシキ&オメガトライブの「アクアマリンのままでいて」は大ヒットしていたかもしれない。


 夕映え映すビルの上空(そら)に
 消え残る Pacific Blue
 君も都会(まち)も同じ色だね
 溜息で揺れる


しかし―― しかし、である。今、改めて『抱きしめたい!』を観返すと、ピチカート・ファイヴや洋楽の劇伴のなんとセンスのあることか。ややもすれば、『東京ラブストーリー』がちょっと古臭く感じる一方で、『抱きしめたい!』はちっとも古くないのだ。

河毛サンの演出は、やはり10年早すぎたのだ。


歌詞引用:
アクアマリンのままでいて / カルロス・トシキ&オメガトライブ



※2018年7月7日に掲載された記事をアップデート


2019.07.07
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カタリベ
1967年生まれ
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