昨年末の『第69回 NHK紅白歌合戦』はとても盛り上がりました。第1部の視聴率が37.7%(前年35.8%)、第2部が41.5%(同39.4%)と堅調で(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、かつ私のタイムラインでも、絶賛の声が相次ぎました。
この「成功」の要因を分析する記事が、正月早々、ネット上に色々と書かれているようですが、ここでは、音楽の視点から捉えてみたいと思います。それは、エンディングにまさかの共演を果たした、桑田佳祐と松任谷由実の貢献です。
注目すべきは、松任谷由実もサザンオールスターズも、古い曲を歌ったということです。平成最後の紅白に、昭和の歌を持ち出してきた。
松任谷由実は荒井由実時代の『ひこうき雲』(73年)と『やさしさに包まれたなら』(74年)。サザンオールスターズは『希望の轍』(90年。この曲だけギリギリ平成)と『勝手にシンドバッド』(78年)。
この中の70年代生まれの3曲=『ひこうき雲』『やさしさに包まれたなら』『勝手にシンドバッド』の先進性を改めて整理してみます。これらの曲が、エンディング近くで堂々と披露された今回の紅白は、その先進性がいよいよ、日本の音楽シーンのど真ん中に駒を進めたということだと思うので。
松任谷(荒井)由実が日本の音楽シーンにもたらしたものは、コード進行の先進性です。『ひこうき雲』は、何といってもサビ=「♪ 空に 憧れて 空を かけてゆく」のところのコード進行(原曲キー E♭ を C に移調。ちなみに今回の紅白でのキーも C)。
【C】【Em7】→【Am7】→【Em7】【Gm7】→【Fmaj7】(「→」の間が1小節。以下同)
突然の違和感をもたらす【Gm7】に注目です。歌詞では「♪(か)けていく」のところ。さらに注目すべきは、この部分の階名「♪(ミ)ラミレド」が、その【Gm7】の構成音=ソ・シ♭・レ・ファとちっとも合っていない、言わば違和感バリバリのフレーズだということ。それでも、なぜか聴き手の心にしっくり来る。この音使いでしかありえないとまで思わせてしまう。
次の『やさしさに包まれたなら』も、何気なく聴いてしまいますが、実は冒頭からして奇妙なコード進行です(こちらも原曲キー F# を C に移調。ちなみに今回の紅白でのキーは F)。
【C】→【D】→【Bm7】【Em7】→【Am7】→【F】→【Dm7】→【G】
違和感を発するのが3小節目の【Bm7】。このコードが流れる「♪ 神さまがいて」のところで、曲の世界観が少し変わる感じがしませんか? そんな違和感を、曲の冒頭3小節目にいきなり持ってきて、音楽的快感に変えてしまうのが「ユーミンマジック」なのです。
そして、サザンオールスターズ『勝手にシンドバッド』。こちらの先進性については、拙著『サザンオールスターズ 1978-1985』(新潮新書)に、かなり細かく書きました。中でも最も大きなポイントは「ロックのビートに対する日本語の乗せ方」だと考えます。
「早口ボーカル」「巻き舌ボーカル」と、当時、かなり盛んに揶揄(やゆ)されたものです。そして驚くべきは、平成も終わろうとする現代においても、桑田佳祐を超えて、より斬新な日本語発音・発声をするボーカリストが、なかなか出て来ないという事実。
―― そんな、松任谷由実と桑田佳祐が70年代に世に問うた、あれやこれやの過激な先進性が、紅白という国民的番組のエンディング近くで披露され、名実ともに日本音楽シーンのど真ん中に昇りつめた。さらには、これまでの音楽シーンを牽引してきた2人の先進性に対する「国民的喝采」こそが、紅白の視聴率をも高めたのではないでしょうか。
思えば70年代当時、松任谷(荒井)由実やサザンオールスターズは「ニューミュージック」とカテゴライズされました。既成の歌謡曲ではない、洋楽の影響を強く受けた自作自演の「新しい音楽」=「ニューミュージック」。
そう考えると、松任谷由実と桑田佳祐の先進性が、名実ともに認められたかたちとなった今回の紅白は、「ニューミュージック」の盛大なお葬式だったのかもしれません。2人の過激な「ニュー」が、日本音楽シーンの標準となったことで葬り去られ、まごうことなき「ミュージック」に昇華された夜。
「ニューミュージックの葬式」というフレーズは、松任谷由実、サザンオールスターズを含む、日本の大物音楽家が一同に会した1985年のコンサート=『オール・トゥゲザー・ナウ』に対して、細野晴臣が形容したものと言われています。
しかし本質的には、今回の紅白の方がそれにふさわしいでしょう。平成最後の大みそかに、松任谷由実のコード進行と桑田佳祐の発音・発声に国民が喝采することで、「ニューミュージック」の「ニュー」がやっと正しく葬り去られた―― 私は、今回の紅白をそう見ました。
2019.01.06
YouTube / サザンオールスターズ
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