1月1日

中森明菜「北ウイング」林哲司がイメージした “やさしくても芯の強い女” とは?

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photo:Warner Music Japan  

洋邦幅広い音楽を聴いて身に着け磨いた表現力


1984年3月1日に放送された『ザ・ベストテン』にて。レコーディングと撮影でバハマに向かうため、当時の成田空港の北ウイングでのトークや空港職員へのインタビューをしている録画場面が流れた。

丸いメガネにカジュアルなスタイルの中森明菜さん。わたしの目を惹いたのは、彼女の持っているカセットケースの中身―― カルチャー・クラブ、マンハッタン・トランスファー、矢沢永吉、ユーミン、マイケル・ジャクソン、デヴィッド・ボウイ、EPO etc...

そんな洋邦ごちゃ混ぜのカセット群を見て、「なーんや、自分と変わりないもん聴いてるんやな」と、18歳の明菜さんと同学年で、まだ大学が決まっていなかったわたしは暢気に思っていた。

幅広いジャンルの音楽を聴いていたことで、明菜さんは年齢を感じさせない表現力を自然と身に着け磨いていったのではないかとも思う。

康珍化×林哲司を、中森明菜自ら指名


1983年9月。シングル「北ウイング」の制作過程で18歳の明菜さんが自ら指名したのが作詞家の康珍化さんと作曲家でアレンジャーの林哲司さんだった。

ちょうど、杉山清貴&オメガトライブの「SUMMER SUSPICION」がヒットしていた頃の話である。明菜さんはこの曲が好きで、「北ウイング」を依頼したとも言われている。

同じ林哲司さん作曲作品では、明菜さんが中2の秋から冬にスマッシュヒットした「SEPTEMBER」や「真夜中のドア」も当然耳にしていただろう。

林哲司がイメージしたメロディは “やさしくても芯の強い女”


明菜さんから指名を受けた林哲司さんは、“やさしくても芯の強い女” をイメージしてメロディを作った。

しかし、詞の世界は、そうではなく『ニッポンの編曲家』(DU BOOKS)によると、「もともとは詞の世界は全く違った。トラックダウンのときに聴いた加藤JOEさんのストリングスのフレーズが駆け上がりで、それがすごく良かったので、飛行機のフライトのイメージで詞を書き直ししてもらった」とのこと。

また、林哲司さんの著書『ポップス作曲講座 ヒット曲の作り方教えます』(シンコーミュージック・エンタテイメント)によると、「インパクトの強いサビが出来たので、サビ出の曲とし、サビのインパクトを生かすためにイントロは極力コンパクトにしました。これはサビ出の楽曲の鉄則です。そして最初のサビが終わってからAメロに進む前に2つ目のイントロを配しました。こちらのイントロは長めなものとし、振り付けの見せ場としました」とある。

実際、このサビの明菜さんの歌声は本当に真っ直ぐで美しく、飛行機が空に向かって離陸していく場面を思い描かずにはいられない。

メロディに見え隠れする陰と陽、そして中森明菜の表現力


林哲司さんのメロディで特長的なのは、ひとつの曲のなかで明るさ(陽)と翳り(陰)が見え隠れすること。前述の「SUMMER SUSPICION」と「北ウイング」の共通点は、サビの部分はマイナーコードながらも陽、そして「SUMMER SUSPICION」のAメロ、「北ウイング」の2つめのイントロから続くAメロ、Bメロは陰にあたる。

「北ウイング」のAメロ、Bメロは全体的には翳りが支配する中にチラチラと明るい光が差し込む。Bメロはいわゆる “枯葉進行”。そこに載るメロディも不穏な組み合わせが目立つ。心の動きでいうと迷いや戸惑いを表しているといっていい。飛行機が誘導路で滑走路に向かってゆっくりと移動している場面を想い起こす。

明菜さんの表現力がとみに素晴らしいと感じるのはこの部分で、迷いや戸惑いを感じさせるメロディを、静かに、そして消えそうに歌うことでメロディの性質を増幅。また、一度は消えそうになった炎が再度燃え上がるまでのゆらゆらした心の動きを演じている。これを歌っている女性が18歳の少女だとは、映像を観ずに歌だけ聴いていたら信じられない。

3分間のドラマで中森明菜が魅せた! 情感たっぷりの素晴らしい演技


さらにサビに移ると、明菜さんの歌声は吹っ切れたかの如くひたすらに真っ直ぐ突き抜ける。長い滑走路を飛行機が空に向かって駆け上がり、北ウイングから出発した彼を追うような真っ直ぐなメロディとヴォーカル。揺れ動きフッと消えてしまいそうなAメロ、Bメロとはうって変わってストレートで力強い。

そんな強い中でも1コーラス目のサビ最後、「光る海を越えるわ すこし不安よ」の部分は、巡航中の雲間での揺れの如く、前向きに進むなかでの一抹の不安、翳りを情感たっぷりに魅せる。歌はよく3分間のドラマに喩えられるが、明菜さんは間違いなく素晴らしい演技者だ。

曲の主役は、もちろんヒロインを演じる明菜さんのヴォーカルだが、そこに重なるギターやストリングスなど様々な楽器とコーラスも素晴らしい。とくに印象に残るのはコーラスワーク。最後のサビから重なっていくEVEの3声コーラスは、明菜さんが演じる真っ直ぐに飛び立つ女性を “あなたは追いかけて行っていいのよ” と力強く後押しする。

もう誰も彼女を止められない―― そんな女性の強さを “これでもか” と感じさせる。意を決した女は強い。飛び行く飛行機の後ろ姿の如く、強さと美しさを併せ持っている。上昇した機体がやがて視界から消えるように、エモーショナルなコーラスはフェードアウトする。その頃には飛行機は遥か雲の彼方だ。

「北ウイング」~「ドラマティック・エアポート」に見るヒロインの気持ち


しかし、続編として同じ康珍化さん×林哲司さんコンビで制作された「ドラマティック・エアポート ―北ウイング PartⅡ―」によると、どうも「北ウイング」のヒロインは心だけ飛行機に乗せ、その足で空港の展望デッキへ向かったようだ。そう、「ドラマティック・エアポート」のヒロインは、自らハンドルを握り東関道を飛ばして彼を迎えに行く物語となっている。

一度は離れたつらい想い、でも彼のことはどうしても諦められなかった。彼からの手紙には “君のそばに すぐ帰る” とあり、心を踊らせてエアポートでの再会を待ち望む―― 「ハンドルを持つ」… というのは、「北ウイング」の企画段階で明菜さんが歌いたいとイメージし、そして好きだった「SUMMER SUSPICION」にも登場する女性に通じるものがある。そう、“やさしくても芯の強い女”に。

明菜さんが演じる「北ウイング」のヒロインも、この展望デッキに足を運び、飛行機が見えなくなるまで見届けたのではないか… と思うと胸が熱くなる。




2021.05.07
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カタリベ
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