作詞は来生えつこ、それまでの中森明菜とは違う世界観「サザン・ウインド」
1984年の中森明菜は「北ウイング」で幕を開けた。一度は諦めた彼を追って旅立つという、愛にひたむきな女性の心を歌い上げた名曲だった。林哲司というハイセンスな作曲家の力を借りて「新しい歌謡曲路線を作り上げたな」という印象を持った。さて次の作品はどう来るのだろう? と楽しみにしていたところにタイトルが「サザン・ウインド」――
…ん? “北” の次は真逆の “南”? 明菜と南国… というのは彼女の持つイメージから結びつかないのだが、出てきたのはリゾートを舞台にした作品だった。
リゾートソングというと当時のアイドルでは松田聖子の独壇場だが、健康的な聖子に対して、明菜がそれをやるとなると不良な香りしかしないのだが… などと勝手な心配をしながら聴いてみることに。作詞は来生えつこだが、それまでに明菜に提供したセンチメンタリズムに溢れた曲とはまるで違う世界観である。
異国のリゾート地、女性の一人旅、メランコリックをドライに歌う中森明菜
あいさつするのよ 海風に
自然に体が リズムとる
パナマ帽くるくると 指でまわして
舞台は異国のリゾート地。「サザン・ウインド」というタイトルから想像するにタイのプーケットあたりだろうか。
テーブル届いた 果実酒は
見知らぬ人から メッセージ
背中越しとまどうわ 強い視線に
主人公は女性の一人旅と見受けられる。わざわざ一人旅にリゾート地を選ぶということは、もしかしてひと夏のアヴァンチュールを楽しむために来たのだろうか。
ん? ちょっと待てよ? 「北ウイング」では異国の霧の街に住む彼を追いかけていたではないか。あの純愛はどこへいった? もしかして彼とダメになってどうでもよくなっちゃった?(笑)
… などという心配をよそに、明菜はあくまでもドライに歌い続ける。
白いチェアーに 脚を組んで
頬づえつくのも 気になるわ
映画的な気分で少し
メランコリックに 髪をかきあげて
「メランコリック」の意味は “物思いに沈むさま。憂鬱であるさま”。これはもうあからさまに声をかけられるのを待ってますね(笑)。
それ以降も、
誘惑しなれた 男たち
目移りするわよ シーサイド
洗いたての髪 なびかせて
いたずらぎみに 一瞬ウインクを
… などと、たくさんの男たちからモーションをかけられて、かなりいい気分になっている主人公。
とはいえ、“どれにしようかな~” などと考えながらも、結局この主人公は “遊ばなかった” と思う。ひと夏の思い出にOne Night Love Affairを… ってことを考えてたのかもしれないけど、「映画的な気分」にならないと「メランコリックに 髪をかきあげ」たりできない、つまりは純で真面目な方だったと想像する。
しかし、ひと通りの駆け引きを経験したことで、次作「十戒(1984)」ではなかなか手を出してこない男に対してもどかしくなり、
限界なんだわ 坊や
イライラするわぁぁぁぁぁあ!
と、深いビブラートとともに高らかに叫んだのではないだろうか(笑)。
作曲は玉置浩二、男女の駆け引きを楽しむ情景に合うメロディ
歌詞にばかりフォーカスしたのでサウンド面も。作曲は玉置浩二。当時はメロディに玉置浩二色を全く感じなかったのだが、後に玉置浩二がセルフカヴァーしているのを聴くと「どっぷり玉置節だな」と思えた。
全体的にあまり高低差のないメロディだが、緊張感が漂っていて、男女の駆け引きを楽しむ情景に合っている気がする。
イエスの「ロンリー・ハート」を彷彿とさせるアレンジで、一部では “プログレ歌謡” と言われたりもするこの曲を編曲したのは瀬尾一三。フォークのイメージが強い氏の歴代のアレンジとは一線を画すアグレッシヴな構成で、駆け抜けるようなストリングスと勢いのあるブラスがスリリングな雰囲気を醸し出している。
リゾートソングは明菜らしくない? それでもオリコン年間チャート10位
ところで、危険な香りのするアヴァンチュールを題材にしながらも、いやらしさを感じさせないのは、明菜があくまでもドライに歌っているからではないだろうか。それにこの曲を『ザ・ベストテン』などの歌番組で歌っている時の明菜は、ポニーテールに明るめの衣装で、終始にこやかで楽しそうだった印象がある。
この曲は54.4万枚を売上げ、1984年のオリコンシングル年間チャートでも10位を記録しているが、明菜の作品を語るときにあまり取り上げられない気がする。
それは、「北ウイング」と「十戒(1984)」という、存在感が強い曲に挟まれて目立たないからなのか? それともやはりリゾートソングというのが明菜らしくないからなのか? しかし、確かに中森明菜の作品の中では少し異色であったことは間違いない。
2021.05.08