5月10日

山下達郎「さよなら夏の日」の歌詞にみる “大人になるってこと”

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山下達郎のシングル「さよなら夏の日」がリリースされた日
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「クリスマス・イブ」だけじゃない、山下達郎に多い “夏曲”


山下達郎サンは、夏の人である。

よく、最大のヒット曲「クリスマス・イブ」のイメージから、冬が似合う人と思われがちだが、そのレパートリーは圧倒的に “夏曲” が多い。有名どころでは――

「高気圧ガール」
「夏への扉」
「LOVELAND, ISLAND」
「悲しみのJODY」
「THE THEME FROM BIG WAVE」
「踊ろよ、フィッシュ」
「新・東京ラプソディー」
「さよなら夏の日」
「DONUT SONG」
「僕らの夏の夢」

―― 等々。タイトルを見ただけで、抜けるような青空を連想してしまう。とはいえ、デビュー時から達郎サンは夏曲を書いていたかというと、必ずしもそうではなく、「RIDE ON TIME」でブレイクするまでは、むしろ夜が似合うソウルフルなナンバーが多かった。ヒットして、制作環境も改善され、まるで霧が晴れるように、本当にやりたい音楽=自身の原点である夏曲を呼び寄せたのかもしれない。

思えば、達郎サンが音楽に目覚めた中学1年―― 12歳の時に、生まれて初めて買ったレコードが、洋楽はベンチャーズ、邦楽は加山雄三さんの「君といつまでも」だったとか。ひな鳥の刷り込みじゃないが、入口で出会ったこの2枚が、以後の達郎サンの音楽観に多大な影響を及ぼしたのは容易に想像がつく。実際、達郎サンが19歳の時に、友人らと初めて自主制作したアルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』のA面6曲は全て、ビーチボーイズのカヴァーだった。

そう、そんな夏が似合う達郎サンの夏曲の中から、今回取り上げるのは―― 昨年、30周年記念のリマスター盤がリリースされたアルバム『ARTISAN』から、「さよなら夏の日」である。奇しくも今日5月10日は、今から31年前の1991年に、同シングルがリリースされた日にあたる。

ベースは高校時代の自身の体験「さよなら夏の日」


 波打つ夕立のプール しぶきを上げて
 一番素敵な季節が もうすぐ終わる

同曲は元々、第一生命のCMソングとして作られたが、達郎サン曰く、歌詞の内容はそれとは全く関係なく、高校時代の自身の体験がベースになっているという。それは、夏休みも終わりに近いある日のこと。ガールフレンドと今はなき「としまえん」のプールに遊びに行った際、不意に遭遇した夕立の情景を描いた、と。激しく水面に打ち付ける雨のしぶき―― この時、2人は、プールサイドの屋根のある軒下に避難し、無言でそれを眺めていたのだろう。

 「時が止まればいい」
 僕の肩でつぶやく君 見てた

このシーンはやけにフォトジェニックである。図らずも、不意の雨が2人の心と体の距離を縮めたのだ。この時、辺り一帯はプールサイドに打ち付ける激しい雨音に覆われているはずなのに、不思議と2人の間には、ある種の静寂が読み取れる。ここに男性の声で「“時が止まればいい”… 僕の肩で君がつぶやいた」などと切なくナレーションを入れたら、まんまポカリスエットのCMにでもなりそうだ。

テーマはジュブナイルからの卒業、感傷ではなく肯定的に表現


 さよなら夏の日
 いつまでも忘れないよ
 雨に濡れながら
 僕等は大人になって行くよ

そして、サビである。“さよなら夏の日”―― 言うまでもなく、ここはダブルミーニングになっている。文字通り季節の夏の終わりともうひとつ、10代の青春からの卒業を指している。

この曲を作った時、達郎サンは30代後半だった。ある日、ふと40を前にして、改めてジュブナイル(少年期)からの卒業をテーマに、曲を書いてみたいと思い立ったのだそう。いわゆる大人になることへの悲しさや切なさ、そして戸惑いはあるにせよ、ただ感傷で終わらせず、もっと肯定的なカタチで表現できないだろうか、と――。

近づく大人の階段、必死の抵抗を見せる少年


 瞳に君を焼き付けた 尽きせぬ想い
 明日になればもうここには 僕等はいない
 巡る全てのもの
 急ぎ足で変わって行くけれど

2番になると、少年は夏の終わりと、やがて来る2人の別れの季節を重ねる。それは、誰もが通る大人への階段である。だが、少年は諦めない。瞳に彼女の姿を焼きつけ、必死の抵抗を見せようとする。

 君を愛してる
 世界中の誰よりも
 言葉じゃ言えない
 もどかしさ伝えたいよ 今も

まるで映画の主人公にでもなったような台詞である。「世界中の誰よりも」―― もちろん、口をついては出てこない。少年の心の中の声である。そうしている間も、容赦なく大人への階段は近づいてくる。

大人になることは案外悪いことじゃない、希望に満ちた未来を暗示


 ごらん 最後の虹が出たよ
 空を裸足のまま駆けて行く

―― と、そこへ1つの奇跡が起きる。夕立の雨が上がり、空に虹がかかったのだ。少年はやっと気づく。大人になることは案外、悪いことじゃないかもしれない、と。「空を裸足のまま駆けていく」とは、自らの意思で大人への階段を上り始めた2人の未来を暗示している。そう、きっと、それは希望に満ちている――。

「さよなら夏の日」は、達郎サンの体験がベースになっていることもあり、その歌詞も極めてフォトジェニックに仕上がっている。CMの世界観もいいが、いっそ、ミュージックビデオを作ったらどうだろう―― と、以前からずっと思っていたら、昨夏、アニメーション作家の藍にいなサンの手によって本当に同曲のMVが作られ、公開された。これが実に素晴らしかった。

夏の、贈り物だった。


※2021年8月19日に掲載された記事をアップデート
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2022.05.10
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カタリベ
1967年生まれ
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