連載【教養としてのポップミュージック】vol.8 / 最もサンプリングされた音源は「グッド・タイムス」楽曲の生涯価値を最大化する方法とは?
ポップミュージックにおける楽曲の価値とは?
突然だが、学者や研究者と呼ばれる人々にとって、論文を書いて発表することは重要な仕事である。そして、その論文は被引用数、即ち、その論文が他の論文に引用された回数が多いと質が高いと見なされる傾向があると言う。確かに、他人に引用されるということは後世にインパクトを与えた証拠でもあるので、そのことに価値があるというのはアカデミアの人間ではない僕でも容易に想像がつく。
どうして急にこんな話を持ち出したかと言うと、ポップミュージックにおける楽曲の価値にも、これと似たようなことが言えるんじゃないかと思ったからである。要するに、他のアーティストに再利用される回数の多い楽曲は、それだけコンテンツとしての生涯価値(Lifetime Value)が高くなるという訳である。
コンテンツの生涯価値とは、1つのコンテンツが発表されてから生涯にわたる全期間で、そのコンテンツが生み出す “儲けの総額” のことである。音楽の場合だと、最初にリリースされた楽曲(オリジナル版)が “どれだけ売れたか” だけでなく、その楽曲を構成する要素の全部または一部が有償で再利用された場合、その収入も含まれる。だから、ビジネス的な視点に立てば、生涯価値の高い楽曲こそが良い楽曲ということになる。
実は、楽曲の再利用方法には様々なパターンがある。おそらく日本で代表的なのはカラオケだろうが、その他にも映画・ドラマ・CM等の挿入歌とか、誰でも1つや2つくらいは思いつくだろう。だが、今日見ていきたいのはそれらではなく、楽曲がオリジナル版とは別のアーティストによって再利用される場合についてである。
楽曲を他のアーティストが再利用する方法にはいくつかあるが、中でも最もメジャーなのはカバーだろう。これについては、僕はこれまでに何度かRe:minderに書いてきたので、
そちらをご覧いただきたい。ちなみに、英国の音楽サイト『WhoSampled』によると、史上最もカバーされているアーティストはザ・ビートルズで、最もカバーされている楽曲は「イエスタデイ」だそうだ。
史上最もサンプリングされたウィンストンズ「アーメン・ブラザー」
話を戻そう。カバーの次に考えられる再利用方法、それが今日のテーマであるサンプリング(Sampling)だ。
サンプリングとは、広義には音をデータとして取り込むこと全般を指すが、音楽制作の文脈においては、もう少し狭義に捉えて “既存の音源の一部を取り込んで、新しい楽曲に再利用する手法” と言ってよいだろう。要するに、他のアーティストが作詞作曲した詞・曲を演奏・録音し直すのがカバーなら、他のアーティストが録音した音源を使って別の楽曲を制作するのがサンプリングということだ。
もう少し具体的に見ていこう。先の音楽サイト『WhoSampled』によると、史上最もサンプリングされた楽曲は米国のファンクソウルバンド、ウィンストンズが1969年にリリースした「アーメン・ブラザー」だそうだ。2分半ほどの短いインストゥルメンタル作品だが、この曲の真ん中あたりに出てくる約6秒のドラムソロが “アーメンブレイク” と呼ばれ、80年代以降にヒップホップを始めとするあらゆる音楽ジャンルで死ぬほど引用されている。
ただ、この “アーメンブレイク” には、1つだけ残念なことがある。作曲者であるリチャード・スペンサーも、ドラマーのグレゴリー・コールマンも、一切のロイヤルティ(Royalty)を受け取っていないと言うのだ。この曲がリリースされた当時は、まだまだ著作権という概念が世の中に浸透していなかったし、無断でサンプリングされた事実を彼らが知った1996年には既に提訴期限が過ぎていたので、泣き寝入りするしかなかった。つまり、楽曲の生涯価値を高めることに全く貢献しなかったのだ。
このようにサンプリングには、どうしても著作権侵害の問題が付いて回る。本来、サンプリングは原曲のアーティストから許可を得ている場合を除いて違法なのだが、原形をとどめていないものも多く、勝手にやってもバレにくいということもあるだろう。いずれにせよ、この点については今後も注視していく必要がある。
サンプリングされがちなヒット作品5曲
サンプリングは、1980年代に入るとサンプラー(録音したサウンドを自由に加工し、音源として使用できる機材)の登場により一層進化し、特にヒップホップやクラブミュージックで多用されるようになっていくが、今回のコラムでは、1980年代前後にリリースされた、サンプリングされがちなヒット作品5曲を紹介したい。どの曲もバッキングトラックが非常に強く、リフやリズムパターンがとても印象的なので、聴いてもらえれば、他のアーティストが使いたくなる気持ちがきっとわかるはずだ。
チューブウェイ・アーミー「エレクトリック・フレンズ」(Are 'Friends' Electric?)ゲイリー・ニューマン率いるニューウェイヴバンド、チューブウェイ・アーミーの2枚目にして最後のアルバム『幻想アンドロイド』(Replicas)に収録。1979年にリリースされ、全英シングルチャート(Official Singles Chart Top 100)で1位を記録した。2002年には英国のガールグループ、シュガーベイブスのファーストシングル「フリーク・ライク・ミー」の中でサンプリングされ、こちらも全英No.1を獲得。
スティーヴィー・ニックス「エッジ・オブ・セヴンティーン」1981年にリリースされた初のソロアルバム『麗しのベラ・ドンナ』(Bella Donna)からの第3弾シングル。この曲の有名なギターリフが、2001年にはデスティニーズ・チャイルド「ブーティリシャス」の全編に渡ってサンプリングされている。デスチャのミュージックビデオにはスティーヴィー・ニックス本人も出てくるので、ぜひ見つけて欲しい。
ダイアナ・ロス「アイム・カミング・アウト」シックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズをプロデューサーに迎えたアルバム『ダイアナ』からの第2弾シングル。1980年リリース。ザ・ノトーリアス・B.I.G.「モー・マネー・モー・プロブレムス(Feat.メイス&パフ・ダディ)」を始め、34もの楽曲でサンプリングされているが、シックの2人によるトラックの “使い減りのしなさ加減” が再利用を促しているのは間違いないだろう。
アバ「ギミー!ギミー!ギミー!」 ベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ Vol. 2』の先行シングルとして、1979年にリリース。アバのソングライターの2人、ベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースは、自らの楽曲のサンプリングを許可しない方針だったが、2005年、マドンナは2人に直談判してサンプリング許諾を得ることに成功、この曲のリフを土台にした「ハング・アップ」を作り上げた。
シック「グッド・タイムス」サードアルバム『危険な関係』(Risque)からの先行シングル。「アイム・カミング・アウト」と同じナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズの作品で、「アーメン・ブラザー」同様、音楽史上最もサンプリングされた楽曲の1つと言われている。1979年6月にリリースした数ヵ月後、シュガーヒル・ギャングがこのトラックにラップを乗せた「ラッパーズ・ディライト」を発表すると、シックとの間で訴訟になったりもしたが、これによって一般の音楽ファンがヒップホップの存在を知ることになった。
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2024.08.15