【前回からのつづき】1980年に登場した、貸レコード(のちの CD レンタル)というビジネスですが、たった2年で約1,700店という店舗数の増え方からして、すごい勢いで広まっていったことがわかります。
慌てたのがレコード会社。我々の商品が売れなくなってしまうと、81年の10月には13社打ち揃って、著作権侵害だ、貸し出し差し止めだと、訴訟に持ち込みました。
ところが当時の著作権法には「貸与権」というものがなかった、つまり貸しても著作権法の侵害ではなかったんですね。だから長引きました。国会議員を巻き込んで、83年、「商業レコードの公衆への貸与に関する著作者等の権利に関する暫定措置法」を成立させ、翌年、著作権法を改正して貸与権を創設するに至って、ようやく結着を見るわけです。
その頃、私は渡辺音楽出版にいて、レコード会社ではないにせよ、立場的には「反・貸レ」陣営でしたが、内心、この動きに疑問を感じていました。私は「レコード会社側からレンタルビジネスを推進すべきだ」という考えを持っていたからです。
貸レが爆発的に広まったのは、多くの人がそれを歓迎したからです。レコード会社は「そりゃ10分の1の値段で借りれて、コピーしてしまえばいいんだから、歓迎するのは当たり前だろう」と言うでしょうが、アルバムで3,000円近くもするものを、店で内容確認(=試聴)もさせないで買わせるというビジネスモデルに、問題はなかったでしょうか。
いわゆる「ジャケ買い」「レコ評買い」で失敗した経験は、当時の音楽好きなら誰もが持っているでしょう。失敗したら3,000円はけっこう痛い。まあ、それを、ムリにでも好きになろうと何度も聴いて、そのうちホントに好きなった、なんてこともありまして、それはむしろ貴重な体験だったのですが。
多くの人には、値段が10分の1なら、それ自体の安さより、同じ出費で10倍の音楽が手に入る喜びのほうが大きかったんじゃないでしょうか? 安くなってよかったで終わるなら、あの爆発的な伸びはありえません。そして失敗しても痛くない、試聴と考えればいい気軽さ。レンタルして聴いてみて、よかったら3,000円出して購入するという人も多かったんじゃないでしょうか?(実際売上げは落ちているので、断言はできません。しかし、1980年に全体で約2920億円だった生産実績が、84年に約2740億円でこれが底。割合で言えばたった6.2%の減です。86年には約2990億円と史上最高を記録し、以降10年以上増え続けます)
だけど、レコード会社は自らのビジネスモデルに対する反省はないまま、しゃにむに貸レを叩き潰そうとしました。たしか、貸レ側は原盤使用料や著作権使用料の支払いも提案していたはず。当然レコード会社や JASRAC が何か言ってくることは想定していたでしょうからね。
ですが、レコード会社はそんなことには耳を貸さず、「コピーされることを承知で不当な安価で貸し出すことは、アーティストが心血を注いで作り上げた貴重な作品を冒涜し、アーティストの生活をおびやかすものだ」という主張をひたすらキャンペーンしました。自分たちの既得権益がおびやかされそうになると、「アーティスト」を持ち出して、大衆の情に訴えようとするのは、今もレコード会社の常套手段ですが、この頃から目につくようになりましたね。
ちなみに海外にはレコード・CD レンタルはありません。1986年から94年にかけて行われた「GATT(関税と貿易に関する一般協定)ウルグアイラウンド交渉」において、米国がレンタル CD 店禁止を強硬に主張した結果、世界的にレンタル CD 店が禁止されたのです。日本はその前に法的にも認められていたので、除外されているのです。
いずれにせよ、日本で貸レが始まった80年代前半、海外では誰もやろうとしなかったんですね。「貸し出したレコードが傷一つ無く期限内に戻ってくるなんて考えられなかった」という説がありますが、どうなのかな。
逆に、映像は、ビデオ→ レーザーディスク→ DVD とメディアは変遷し、今は音楽同様、配信が主流となりつつありますが、最初からレンタルが、世界的にも盛んでした。
音楽の「貸与権」に対し、映像のレンタルに対しての権利は「頒布権」ですが、こちらはなんと1970年には制定されました。まだビデオレンタル店など存在しなかった時代です。いや家庭用のビデオ自体がなかった(ベータ式:1975年発売 / VHS式:76年発売 / レンタル店:77年登場)。
ですから、映画などコンテンツ供給サイドとレンタル店の間には揉め事もなく、ともにビジネスを育てていったのです。
なぜ映像ではそれができたのでしょう?
考えられるのは、
①まず、上映や放送などの1次ビジネスがあるので、パッケージ販売に重きを置いていなかった。
②コンテンツとして大きいので、簡単にコピーされることはなかった。
とかかな?
たしかに、音楽と映像ではコンテンツとしての性格がかなり違うので、同じようなビジネス手法が通用するとは言えませんが、少なくとも、音楽のレンタルもユーザーには大歓迎されたのです。それを知りながら、レコード会社など供給側は、自分たちの当面の不利益のみを見て、頑迷にも、何が何でもレンタルを抑えつけることしか考えませんでした。
もし音楽業界が、映像のように積極的にレンタルビジネスに取り組んでいたとしたら、どうなっていたでしょうか?
つづく…
2019.08.26