1月1日

歴史の if を考える ― 音楽業界が自ら「貸レコード」に取り組んでいたら? ③

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レコード・CD のレンタルを規制する貸与権が付加された「改正著作権法」が施行された日
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【前回からのつづき】

1984年に制定され、翌85年1月に施行された、著作権法の「貸与権」と「報酬請求権」。これにより、「貸レコード」なる新ビジネス陣営と、それを真っ向から否定したレコード会社連合の約5年に渡った争いは、ようやく結着を見ました。

「貸与権」とは、「商業用レコード(CD等)の発売日から1年間、貸レコードにそのレコードの使用を許諾・禁止できる権利」ですが、その後の協議により、邦楽はアルバムが発売日から最長3週間、シングルが最長3日間のレンタル禁止、洋楽は権利をフルに行使して1年間のレンタル禁止となりました。

ん?そもそも、レコード会社側の言い分は、「販売価格の1割程度で貸されてコピーされたんじゃレコードが売れなくなってしまう!」から「貸出し禁止」だったはずで、それで1年間貸与禁止にできる権利が認められたのですが、実際には邦楽はもっと早く貸してもいいよということになっています。既に定着してしまっていたレンタル事業者の立場も考えざるをえなかったということでしょうか?

前回も書きましたが、実はそんなに売れなくなってしまわなかったのです。それどころか、85年以降は音楽ソフトの売上はどんどん伸びて、98年には、85年の2倍以上、6000億円超を売り上げてこれがピークとなります。

一方、(米国メジャーからの圧力により)権利をフルに使って発売から1年間のレンタル禁止とした洋楽は、やはり96年までは伸びますが、全体に占める洋楽の割合は常に35%前後と、邦楽に勝る勢いはありません。感覚的にですが、むしろ洋楽のヒットが少なくなったと思います。昔はもっと洋楽が売れていたような気がします。

「レンタルしたら売れなくなる」=「レンタルしなければ売れる」という公式がもし正しいなら、洋楽のほうが邦楽より伸び率が高くなるはずだったのですが、そうはなりませんでした。

もうひとつの「報酬請求権」は文字通り、レンタル売上から各権利者が報酬を請求できる権利ということです。貸与権は1年なので、その後はレンタルを禁止することはできませんが、レコードの保護期間の70年間(TPP 以降、発行後50年から伸びました)は、報酬の請求はできるのです。

報酬額は、CD レンタル1回あたり、
作詞・作曲家:アルバム=70円 シングル=15円
実演家(アーティスト):アルバム=50円 シングル=15円
レコード製作者(原盤権者):アルバム=50円 シングル=15円
となっています。

レンタル料金はアルバムで250円くらいかな。その中から170円を権利者に渡すのは割合としては大きいですね。販売する場合は3,000円(税抜)のアルバムで、1枚あたり、作詞・作曲に対しては180円です。アーティストには30円くらいのこともあり、レンタルのほうがずっといい。

つまり作家やアーティストにとってはレンタルビジネスが大きくなるほうがメリットが大きいという状況になったわけです。レコード会社が「反貸レ」キャンペーンを張った「アーティストを守るために」という理由はいったい何だったのでしょうか?

ところで、権利者の3番目にある「レコード製作者」とは何でしょう?イコール「レコード会社」ではありません。法律の文言では「ある音を最初に固定(録音)して原盤(レコード)を作った者」ということになります。原盤を作った、もっとはっきり言うと、原盤制作費を負担した、すなわち原盤権を持つ者が「レコード製作者」なんですが、レコード会社は必ずしも原盤権を持っているわけではありません。まったく持たないレコード会社もありますし、作品によって持っていたりいなかったりもあります。

つまり、原盤権を持たないレコード会社には、貸レ問題結着後も、レンタルからはなんの還元もないことになります。

レコード会社はそれを解っていて「貸レをつぶせ!」と唱えていたのでしょうか? 解っていた会社もあるでしょうが、単純に自分たちの利益が損なわれるのはイヤだ、という短絡的な思いしかなかった会社も多かったのではと、その後も原盤権を持たないレコード会社があるのを見ると、思ってしまいます。

レコード会社はレコードをプレスして宣伝して売って儲かっていました。音楽ファンは、高いのに試聴もできないと、レコードに対して不満を持っていましたが、レコード会社はそんな声をちゃんと受け止めなかった。レンタルすることなど考えもしなかったのです。

PA システムの最大手「ヒビノ」は1970年に、「Shure」の音響製品の販売代理店となりますが、高すぎて、買ってくれたのは三波春夫さんくらい。そこでレンタルすることを思いつき、機器とオペレーターを貸し出す今の PA 会社の仕組みが出来上がったといいます。

レコード会社はそれまでのビジネスモデルの上にあぐらをかき、ユーザーの動向も時代の流れも意に介さなかった。

もしレンタルするとしたら、レコード会社はどういうビジネスをするのか。レンタル店にレコードを売るだけではどうしようもない。そういうことを考えたら、レンタルとはレコードというモノを売るのではなく、音楽を聴く「権利」を売るのだということに気づき、レコード会社も原盤権という権利をしっかり持っていないとこれからはヤバいかも、なんて気づけたのではないでしょうか。

ユーザーに音源を聴く権利を得やすくし、そこから生まれる収益を権利者と店がともに得る。レンタルはビジネスとして何の問題もないじゃないですか。

レコード会社が騒いで反対したから、レコードや CD を借りることはなんだかあまりよくないことのようなイメージも生まれました。もしレコード会社が自らレンタルビジネスを企画していたら、あるいは貸レコード店が出現した直後に「お、それもあるな」と賛同していたら、そんなネガティブイメージはなかっただろうし、もっと盛り上がって、もっとレコード会社も潤ったと思うのです。レコードからテープにコピーされることは私的録音で問題なかったし、パソコンで CD がリッピングできるようになると問題になるのですが、それはまた別の話です。

レコード会社というものが、音楽ファンより、自分たちの目先の商売を優先して、新しいサービスにはまずネガティブな対応をするという困った事象の、たぶん最初の大きな例がこの「貸レ問題」で、その後彼らはその事象を、度々繰り返すことになってゆくのでした。



2019.09.06
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カタリベ
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