ピンク・レディーの歴史にとって大きな転換点
なんでミイとケイ、向かい合ってんの?
冒頭、視線をカメラに向けず、横を向いて見つめ合い、お互いに向かってマイクを差し出すミイとケイ。自分のマイクではなく、相方のマイクで歌い始めるという導入部からしてトリッキーだった「ウォンテッド(指名手配)」。当時、このつかみの部分で “え、何事?” と思った。そこから「♪あいつは何処にいるのか」で一転、正面に向き直り「♪盗んだ心返せ」の後、腕を後方に引いていったん溜め、手をカギ状にして「ウ〜 ウォンテッド!」と叫ぶ。絶対、逃がさないわよ!と言わんばかりのポーズだ。初めて見たとき私は小5だったが、正直この振り付けは怖かった(笑)。
「ウォンテッド」(以下、サブタイトル略)は1977年9月に発売された、ピンク・レディーの第5弾シングルだ。デビュー曲「ペッパー警部」(1976年8月)から第4弾「渚のシンドバッド」(1977年6月)までは、従来のお色気歌謡の要素も含んでいて、過剰なアクションは性に目覚めつつあったわれわれ小学生男子にとって、けっこう刺激が強かった。
ただ、インパクト満点の振り付けは、女子小学生や低年齢層の子どもたちまでトリコにしてしまった。そうなると阿久悠・都倉俊一をはじめとする作り手側も、そろそろ次のフェーズを意識することになる。実際、「ウォンテッド」がいち早くミリオンを突破し、その後ミリオンセラーが続くことになる(前シングル「渚のシンドバッド」が累計100万枚を突破したのは「ウォンテッド」よりも後)。
この「ウォンテッド」、それまでの4作と比べて何が決定的に違うのか? あらためて聴いてみると、この曲はメロディーもリズムも歌唱法も目まぐるしく変化している。しかも、その変化にはすべて意味がある。まるで舞台の場面転換のように。ピンク・レディーがさらに一段階進んだのは、彼女たちがデビュー以来持っていた演劇性がより強化されたからだ。「ウォンテッド」は単なるデュエット曲ではない。ミイとケイ、2人のキャストが織りなす3分ちょっとの “2人オペラ” なのではないか? そんな観点から、あらためて曲を検証してみたい。
2人でひとつの声、1人の主人公を演じるピンク・レディー
「ウォンテッド」は、恋人への思いを切々と吐露するような語り風の歌で始まる。ところが「ウ〜 ウォンテッド!」から、突然リズムが切り替わり、曲は一気に躍動。まるで刑事ドラマのような追跡劇が始まる。都倉俊一の作・編曲が巧みなのは、単にテンポだけ変えるのではなく、曲調そのものを大胆に変えることで、主人公の人格まで豹変したように聴かせる点だ。ついさっきまで、自分から逃げて行った恋人のことを思い悲嘆に暮れていた女性が、一転、今度は男を追い詰める捜査官に変身。ミイとケイの歌唱法も、言葉のエッジを鋭く立て、激しく叩きつけるような歌い方に変わっている。このへんがいかにも演劇的だ。
また2人のユニゾンは、ただの二重唱ではない効果も生んでいる。ミイとケイの声質は陰と陽。ミイの歌声には前へ飛び出していくような明るさがあり、一方、ケイの歌声には、低位置でどっしりと言葉を支えるような落ち着きがある。この対照的な声が重なることで、単なるユニゾンでは生み出せない立体感が醸し出されるのだ。都倉俊一は2026年9月に掲載された『Re:minder』のインタビューで、ミイとケイの歌声についてこう語っている。
2人の呼吸がぴったり合っていたので、フィールドは違うけれども、初期のビートルズに通じるものを感じました。要するに2人でひとつの声なんです。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが一緒に歌っていた頃のビートルズは、ジョンの強い声とポールのソフトな声が合わさってビートルズの声になり、それがいい世界を作っていました。その点はピンク・レディーも同じで、それぞれの個性を敢えて抑えることが、プロジェクトの柱となった。だから僕はどの曲に関しても、ソロをとらせようと思って作ったことはありません。
つまり芝居でいうと、1人の主人公を2人で演じさせるような考えで曲を書いていた、ということだ。この点はとても興味深い。その効果を最大限に活かそうと、演劇性をより高めた曲構成が続く。
中盤で注目すべきは、逃げる男の正体を暴こうとする場面である。「♪ある時 謎の運転手」「♪ある時 アラブの大富豪」という具合に、ミイとケイが声色を変えて、これまでの男の変装遍歴を紹介していく。このパートは歌というより語りなので、この曲をラップの先駆と捉える向きもあるが、私にはストーリーの背景を説明する狂言回しに聴こえる。ここは主人公役と区別するために、わざわざ声色を変えていると見るのが自然だろう。演者と進行役を兼任、2人ともお疲れ様です。
続く「♪好きよ 好きよ こんなに好きよ もうあなたなしでいられないほどよ」のところで、2人はまたしてもキャラを変え、今度は甘く艶っぽく歌い上げる。ハモリがあるこのパートも、2人の声質の差がうまく効いている。
曲が進むにつれて明らかになるのは、この主人公が決して冷静な追跡者ではないということだ。私をトリコにした「♪あんちくしょう」を捕まえたい。正体を暴きたい。懲らしめてやりたい……。しかし、心の奥底には男への恋心が消えずに残っている。しかも、その感情は一貫していない。怒っていたかと思えば、甘える。強気に出たかと思えば、急に弱気になる。相手を追い詰めているはずなのに、いつの間にか自分のほうが恋に追い詰められている。阿久が綴った女性心理の揺らぎを、都倉の目まぐるしく変化する曲調がみごとに表現している。
歌詞の意味を身体で表現する土居甫の振り付け
そして、「ウォンテッド」の演劇性をさらに高めているのが土居甫による独特の振り付けである。ピンク・レディーの振り付けは、ただ音楽に合わせて踊るためのものではなく、歌詞の意味を身体で表現し、デフォルメして視覚化する効果を生んでいる。デフォルメし視覚化する効果を生んでいる。「ウォンテッド」の場合、狙いを定めるようなポーズや、前後左右に激しく動くアクションが追跡劇をよりリアルに想起させる。振り付けは歌の添えものではない。歌詞と曲に並ぶ第3の脚本なのだ。
もちろん、1977年の時点でも、物語性や演劇性の強い楽曲はいくつか存在していた。しかし「ウォンテッド」ほどバラエティに富んだ展開で聴き手を楽しませた曲はなかったと思う。この3分ちょっとの2人オペラから、ピンク・レディー第2章の幕が開き、「UFO」「サウスポー」へと続き、社会現象ともいえるブームを巻き起こしていったのはご存じの通り。演者はたったの2人だが、大作映画にも決して引けを取らない極上のエンタテイメントが「ウォンテッド」には詰まっている。
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2026.10.19