「スターシップ」というバンド名に関してまず言いたい。もう何がなんだかわからないのである。 60年代。はじめにポール・カントナー率いる「ジェファーソン・エアプレイン」があった。これはカウンターカルチャーをモロに体現したフォークでサイケなバンドであって、ウッドストック・フェスティバルがよく似合うロックをやっていたんである。 そのバンドがボーカルに女性のグレイス・スリックを迎え、70年代に「ジェファーソン・スターシップ」と改名。飛行機から宇宙船になり、ロック的にも円熟していくのだが、時代はとうとう80年代。 MTVが台頭し、ポップスターたちの席巻が始まる。バンドといえばジャーニーやヴァン・ヘイレン、TOTO。さらには映像こそが最大の武器であるマドンナ、シンディ・ローパーやマイケル・ジャクソンの時代がやってきた。 世界はフォークでもサイケでもなくなり、もっというとロックでもなくなったのだ。ジェファーソン・スターシップはそんな80年代を生き残るため、女性ボーカル、グレイス・スリックと新ボーカルの男性、ミッキー・トーマスの2人を前面に押し出し、時代に合ったポップな音楽性を目指して大変身。名前をシンプルに「スターシップ」とする。当然、その流れに猛反対した創設メンバーのポール・カントナーは脱退してしまう。 もはや、はじめの「ジェファーソン・エアプレイン」とは似ても似つかないグループになってしまったわけであるが、こちらとしてはいつまでもあのバンドの末裔、と思いたいものであるし、だいたい、最初とはまったくちがう方向へ踏み出してうまくいくはずがない。例えていうなら、手作りの羊羹を作っていた老舗の饅頭屋が、次第に屋号を一文字ずつ変えて、気がついたら全然違う店名になって社長も社員も全員入れ替わり、大工場をブッ建ててクッキーを大量生産するようなものである。…例えたら余計にわからなくなった気がするが、そういうことだ。 ところが、それがうまくいくのである。シンセサウンドに乗せて、男女がムードたっぷりにデュエットするポップソングを徐々に増やしていったスターシップであるが、1987年、映画『マネキン』の主題歌として提供した『愛はとまらない』(Nothing's Gonna Stop Us Now)が4月4日付ビルボードで1位を獲得するのだ。 とにかく聴いてみてほしい。うまく行くはずないこところから出てきたムード歌謡みたいな曲、僕はこの歌、じつは「80年代洋楽」を通して一、二を争うぐらい好きなのである。 マイケル・ゴットリーブ監督の映画『マネキン』、ストーリーは、主人公が作った美しい女性のマネキン人形が突然人間になり話しかけてきて、そのおかげで仕事は大成功、はたから見たらマネキンに向かって独りごとを言ってるようにしか見えないのだが、主人公は彼女と恋に落ちる、というドタバタコメディだ。すべてが楽天的で、ハッピーとしか言いようがない。 その主題歌であるこの曲も、底抜けに楽天的でハッピーだ。グレイス・スリックがパワフルに歌うパートの歌詞は、「私たち 狂ってると言われてもかまわない そんなこと気にしない」…おい。マネキン人形と恋愛とか、はたから見たら真剣に狂ってるよ! だが、80年代とは、人類がもっとも幸せを噛み締めた時代である。このナンバーワン・ソングも、アメリカの結婚式で歌われる定番となった。おい!相手はマネキンだっての。 その後、怒ってスターシップを辞めたポール・カントナーは、「ジェファーソン・スターシップ」を再結成、「スターシップ」と「ジェファーソン・スターシップ」が両方あるややこしい事態になり、ミッキー・トーマスが歌うスターシップの方は「スターシップ・フィーチャリング・ミッキー・トーマス」という名前になった。書いてるだけで面倒くさい。 「スターシップ・フィーチャリング・ミッキー・トーマス」からは女性ボーカルのグレイス・スリックが「ジェファーソン・スターシップ」に再加入するために(またややこしい)脱退したのだが、後任にステファニー・カルヴァートという女性が入って、これがなかなかいい。2012年バージョンの『愛はとまらない』もぜひ聴いてみてほしい。 僕としては、この80年代の楽天的な空気を伝え続ける名曲がいまも歌い継がれていることが嬉しいし、この先も「スターシップ」の名前をめぐる問題はもう一回ぐらい揉めそうだから、楽しみにしているのである。
2017.06.11
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