アメリカ人特有の情感、それは癒されることのない心の渇き
ボブ・シーガー&ザ・シルバー・ブレット・バンドの「月に吠える(Shame on the Moon)」は、1983年2月26日から4週連続で全米2位を記録した大ヒット曲だ。1位になれなかったのは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」がいたからで、少々巡りが悪かったに過ぎない。
この曲の魅力は、移民の国であるアメリカが、おそらく建国以来ずっと抱えてきたであろう、癒されることのない心の渇きにある。それはアメリカ人特有の情感と言い換えることもできるかもしれない。
こうした音楽のことをアメリカーナと呼ぶことが多い。ぼんやりとした言葉だが、他に言いようがないといえば、そんな気もする。主にカントリーとロックを折衷した広範なルーツミュージックで、アメリカ的なヴィジョンを持ち、アメリカ的な詩情が歌の根幹を成している。この曲を書いたロドニー・クロウェルも、そんなアメリカーナを代表するアーティストのひとりだ。
僕がこうしたアメリカ的情感を認識したのは、この曲がヒットした少し後に、たくさんの古いアメリカ映画を観るようになってからだった。往年の西部劇からアメリカン・ニューシネマまで、登場人物のキャラクターやジェネレーション、映像の切り口は違えども、僕が観た多くの作品には、拭い去ることのできない共通した感情の機微があったように思う。
ボブ・シーガー「月に吠える」その歌詞の世界観
ロドニー・クロウェルのオリジナルも素晴らしいが、この曲が大ヒットした理由は、ボブ・シーガーの抑制を効かせたヴォーカルに滲むやり切れなさと諦観、そこから伝わる大きな人間力に寄るものだろう。静かなメロディーと優しい語り口が、聴く者の心を立ち止まらせ、言葉を失わせるのだ。
そばにいないと彼のことはわからないよ
夜になぜ泣いているのかも
あるいはなぜそうしないのかも
たやすいことなど何もないんだ
古い悪夢は消えてくれないもの
そばにいないとわからないよ
その通りかもしれない。でも、今夜はどうすればいいのだろう? 相手の気持ちを理解できず、何も打つ手がない時は? そうした問いかけに答えるかのように、サビのフレーズはこんな風に歌われる。
真夜中のせいにすればいいさ
月が出てないのがいけないのだと
移民の国で歌われる未来への希望、そして優しさと切なさ…
答えになっていないかもしれない。しかし、苦しみから逃れるその場しのぎにはなるはずだ。誰のせいでもない。わからないのはこの暗闇のせいだ。月が出てないからいけないのだ。でも、明日になればきっと…。そこに微かな未来への希望が残されている。
クレイジーな奴
慎重な奴
向かいたい場所へと進んでいく奴
何処にも行けない奴
たとえ何処にいようとも
衆の中に安らぎはあるもの
見知らぬ顔に囲まれながら
大声で笑い合うこともあるんだよ
多種多様な民族が集まる移民の国で、こうした優しさや切なさが、僕にはとてもアメリカ的に思える。もし何も打つ手が見つからないのなら、今夜は月のせいにしておこう。
2020.02.22