2019年 11月8日

いまを歌う桑田靖子「夢見るように生きましょう」83年組アイドルは不作だったのか?

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桑田靖子デビュー「脱・プラトニック」は売野雅勇×芹澤廣明


松田聖子、河合奈保子、小泉今日子、中森明菜、岡田有希子…(挙げたらきりがない)数々の女性アイドル歌手が生まれた1980年代前半、しかし1983年デビュー組はどのアイドルもヒットに恵まれず不作と言われた。なんせ、この年にレコード大賞最優秀新人賞を獲得したThe Good-Byeでさえ、デビュー曲の「気まぐれONE WAY BOY」の売り上げは10万枚を切るような状況であったのだ。そんな中、ひときわ歌唱力の高いアイドルがいた。

―― それが桑田靖子である。
 
桑田靖子は1983年3月21日、「これは、16歳の戒厳令だ。」という、センセーショナルなキャッチコピーを引っ提げて東芝EMIからデビューした。デビュー曲のタイトルは「脱・プラトニック」。作詞:売野雅勇、作曲:芹澤廣明という、中森明菜がブレイクするきっかけとなった「少女A」と同じコンビによる作品だった。



大人びた曲、キャッチーな曲調そして安定した歌唱力


 嫌われても嫌われても 
 あなただけです
 初めての日忘れられず 
 胸を責めます

曲のタイトルと歌詞の内容から、ともすると処女喪失を連想させるような、かなり大人びた曲だった。そんな少し大胆とも言える内容の歌詞、そしてキャッチーな曲調は耳に残り、オリコンシングルチャートでは最高50位をマークする。

「50位って低いじゃないか」という印象を受ける方も多いかもしれないが、たくさんのベテラン歌手がレコードをリリースする中で、新人歌手がオリコンチャートの50位に入ることはそんなに容易いことではない。

私はこの「脱・プラトニック」を初めて聴いたとき、「新人なのに安定した歌唱力だなぁ」と驚いたのだが、幼い頃から地元ののど自慢大会に出場し、優勝していたらしい。小学生の頃から平尾昌晃歌謡教室に通い、小学6年生のときに、地元福岡のラジオ局が開催した『福岡音楽祭』に出場し、見事にグランプリを獲得する。このとき歌った曲が梓みちよの「よろしかったら」だというから、選曲だけで歌唱力の高さとそれに対する彼女の自信が伺える。そもそも小学6年生がチョイスする楽曲ではない(笑)。

その後、文化放送のオーディション番組『全日本ヤング選抜スターは君だ!』で優勝したことをきっかけにサンミュージックに所属、歌手デビューすることになるわけである。

活動の場は音楽からバラエティへ


デビューした1983年は、デビュー曲と同じ作家陣でセカンドシングル「愛・モラル」(オリコン最高73位)、サードシングル「もしかして・ドリーム」(オリコン最高71位)をリリース。年末の新人賞レースでも必ずと言っていいほど賞の枠に入り、1年目としては好調な滑り出しを見せた。

2年目の1984年は「マイ・ジョイフル・ハート」(オリコン最高81位)、「あいにく片想い」(オリコン最高63位)、「ガラスのラブレター」(オリコン最高87位)と、来生たかお作品を続けてリリース。伸びやかな彼女の歌声は来生たかおの作る、美しく感傷的なメロディーにとてもマッチしていた。この路線は個人的には大成功だと思っていたのだが、セールス的には前年よりも少し伸び悩んでしまう。その後、作家陣を売野・芹澤コンビに戻して「ひそやかな反乱」(オリコン最高66位)をリリースするも、やはりセールス的に苦戦を強いられる。

1985年、テレビ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演。明るいキャラクターが受け、お茶の間における知名度は上がったが、歌手活動はだんだんと少なくなり、歌番組で彼女を見る機会も減っていった。実際、この年にリリースされた「うれしはずかし うっふっふ」(オリコン最高88位)を最後に、新曲をリリースしてもオリコン100位内に入らなくなってしまう。

再開・継続していた音楽活動。お神セブンで時の人に!


歌手活動が出来なくなることを危惧した彼女は、音楽活動に専念したいという理由で事務所を辞めることになる。今思えば、バラエティ番組で知名度が上がっていたことを音楽活動に生かせなかったのだろうか(もったいない)。

私もその後、桑田靖子がどうしているのか全くわからず、ベストアルバムを聴いては歌声を懐かしんでいたのだが、2010年から本格的に歌手活動を再開していたことを、恥ずかしながら3年ほど前に知った。

1983年のデビュー女性アイドル7人(大沢逸美、森尾由美、小林千絵、松本明子、徳丸純子、木元ゆうこ、そして桑田靖子)が「不作と言われた私たち『お神セブン』と申します」と題し、イベントを開催したのは2018年11月。この時、桑田靖子はデビュー曲「脱・プラトニック」を披露。私の友人がこのイベントを観に行っていたのだが、桑田靖子はスリットの入ったセクシーな衣装で登場、10代の頃の、ショートカットで少年のような雰囲気とは全く違う印象を受けたそうだ。



桑田靖子自らも作詞・作曲。アルバム「夢見るように生きましょう」


2019年に発売したアルバム『夢見るように生きましょう』を聴いた。相変わらず張りのある伸びやかな声で、歌唱力は全く衰えていない。むしろあの頃には感じられなかった、艶のある声がとても魅力的だ。作品も桑田靖子自身が作詞・作曲に携わり、強いメッセージが込められている。私が特に好きなのは「心にwildな花を」という曲。

 その心で 待ち続ける
 種はあなたを信じてる
 不格好でも かまわないでしょう
 あなただけの 花を咲かせよう
 心にwildな花を

いろいろな経験を経て、再び歌手として戻ってきてくれた彼女だからこそ書けた作品だと思う。

そういえば、松本明子に再会したとき、桑田靖子はこう言われたという――

私たち売れなかったじゃない? 不作の83年って言われてきたじゃない? でもね、売れてないから今の私たちのやりたかったこと、やるべきこと、今私たちがいるところにいられるんだよね。これが私たちのやりたかったことかもしれないよね。売れなくて良かったんだよ。

―― 確かに、あの時ブレイクしていれば、今の桑田靖子は存在しなかったのかもしれない。全ては結果論かもしれないが、私自身もこの言葉を今までの自分に当てはめて考えたとき、いろんなことがあったからこそ、今の自分があるのだろうな、と思った。なんとも勇気づけられる言葉である。

そんな桑田靖子、ライブ活動も積極的に行っているそうなので、コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ一度、生で彼女の歌声を聴きに行きたいと思う。みなさんもアイドル時代の彼女をなつかしむだけでなく、ぜひ今の桑田靖子の歌に触れてみてほしい。


※2021年10月30日に掲載された記事をアップデート

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2022.10.30
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