ジェフ・ベックは自由だ。その音楽はジャンルやスタイルを超越している。自分には遮るものなど何もないのだと言わんばかりに。僕がそう思い知らされたのは、1989年8月11日、横浜アリーナで行われたライヴにおいてだった。
このときの来日公演は、ニューアルバム『ギター・ショップ(原題:Jeff Beck's Guitar Shop)』を伴ったツアーの一環として、『KIRIN “BEER'S NEW GIGIS” ’89』と銘打ったライヴイベントへの参加という形で実現したものだった。
ちなみに、アルバムは本国では10月発売のところ、来日のタイミングに合わせて日本先行発売されている。そのためジャケットのデザインが間に合わず、初回盤のみ日本オリジナル仕様となった。
『ギター・ショップ』は、例えるなら、最新のレーシングカーのようなアルバムだった。メンバーは、ジェフ、テリー・ボジオ(ドラム)、トニー・ハイマス(キーボード)。この3人によるポテンシャルを爆発させた演奏は、今の耳で聴いても十分驚異的だ。とりわけボジオが叩くドラムの破壊力が、ベックの闘争心に火をつけたのは想像に難くない。2000年代に入ってからはハイパーなテクノサウンドに接近していくジェフだが、その礎となった作品だと言えるだろう。
そして、あの夜のライヴはといえば、アルバムのハイテンションをさらに上回る恐るべき内容だった。それまで比較的に落ち着いていた会場の雰囲気が、ジェフ・ベックの登場で一変したのを、今でもはっきりと思い出すことができる。
オープニングナンバーの「サヴォイ」。ボジオが叩き出す重たいビートに誰もが気圧された瞬間、いきなり斬りつけるような歪んだギターが鳴り響いた。大歓声がわき上がり、会場にいる全員の頭の回路が一斉にショートする音が聞こえた気がした。
それは猛烈に才気ほとばしる演奏だった。ジェフはピックを使わず、指でギターの弦に触れると、まるでどこから飛んでくるかわからない矢のようなフレーズを、四方八方に乱射していった。
完全なる予測不能。
それまで僕が親しんできた音楽とは別次元のロックが、今まさに展開されているのだと思った。目の前を火の玉のような塊が、圧倒的な熱を放射しながら飛び交い、バンドはそのエネルギーを自由自在に循環させていく。観客はひたすら聴き入り、息を吐いては呼吸を整え、ひとり言のように感嘆の声を漏らす。そして、曲が終わると、一斉に喉を開いて声を上げ、力強く手を叩いてバンドに応えるのだ。
ジェフはギターを弾くというよりは、鳴らしていた。弦をはじき、ボディを叩き、揺さぶり、ギターが持つあらゆる可能性を使って、頭の中にあるだろう音像を描き出そうとしているように見えた。そんなまとまり切らないノイズ達を、世界中のギターファンを惹き付けてやまない美しいトーンが、一瞬にして澄み渡る空へと変えてしまう。なんということだろうか。
あの夜、ライヴを観ながら、ふとジミ・ヘンドリックスの顔が頭に浮かんだ。このふたりはどこか似ているのかもしれない。ジミもまた同じような地平を眺めていたのではないだろうか。そんな気がした。そして、確信したのだ。ジェフ・ベックこそ真の天才なのだと。
―― 2019年6月24日、ジェフ・ベックは75歳の誕生日を迎える。年齢とともに朽ちていく肉体が、この巨大な才能をいつまで制御できるのか心配ではあるが、ひとまずまだ大丈夫そうだ。ジェフ・ベックは、今も生涯の最高傑作を生み出す可能性を秘めている。そんな風に思わせてくれるベテランアーティストは、もうジェフ・ベックしかいない。
2019.06.24
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