12月15日
デュラン・デュランとナイル・ロジャース、蜜月時代の始まりは?
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デュラン・デュランのシングル「ザ・ワイルド・ボーイズ」がビルボードHOT100で2位になった日
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photo:Discogs  

共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol.39
The Wild Boys / Duran Duran


初来日公演から35年、先日(2017年9月20日)日本武道館にて公演を行って大きな話題を振りまいたデュラン・デュラン。

ナイル・ロジャースも共に来日するということもあって、筆者の周りの同世代の音楽ファンたち(アラフィフ中心)も、久しぶりに外国アーティストのライブに足を運んだという方々が多かったようだ。

デュラン・デュランは、80年代の洋楽シーンを代表するポップアーティストのひとつであり、特に40代中盤から50代にかけての層にとっては共有感満載の楽曲を実に多く輩出したアーティストとして広く認識されている。

現役アクトということもあるのだろうが、根強く高い人気を長くキープしている実に稀有で特異な立ち位置にいるグループといえるだろう。

さて80年代37番目に誕生したナンバー2ソング、それはデュラン・デュラン「ザ・ワイルド・ボーイズ(The Wild Boys)」(84年12月~85年1月4週2位)だ。

カルチャー・クラブやワム!らとともに、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの中心的な存在だったデュラン・デュラン。

彼らは、いわゆるニューウェイヴを基盤とし、ゲイリー・ニューマン、ソフト・セル、ヒューマン・リーグらが開拓したUK勢による世界侵攻の道を、「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」で一気呵成の狼煙として照らしたのだ(同時期、カルチャー・クラブの「君は完璧さ」も同じ役割を果たしている)。

また、ファーストアルバム『デュラン・デュラン』(81年)からカットされた初期作品「プラネット・アース」、「グラビアの美少女(Girls On Film)」、「ケアレス・メモリーズ」をもってして、ニューロマンティック・ムーヴメント(ヴィサージやウルトラヴォックス等)の旗手として脚光を浴びるが、欧州を中心とした主に黄色い声援に支えられていたという側面は否定できない。

その後、全米チャートを初めて制覇した「ザ・リフレックス」のリミックスで、当時トッププロデューサーの名をほしいままにしていたナイル・ロジャース(シックのメンバーでありシック・サウンドの立役者)との邂逅を果たす。

そして、続くシングル「ザ・ワイルド・ボーイズ」こそが、ナイル・ロジャースがデュラン・デュランをプロデュースした初作品であり、両者の蜜月時代の始まりであった。

同曲はエポックメイキングな作品であり、従来のダンサブルなエレクトリックポップ路線を踏襲しつつも、ファンキーなブラックミュージックのテイストを加味したもので、デュラン・デュランの音楽性の幅を大いに広げた。

デュラン・デュランが、他の第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン・アーティストたちと比べ、息の長いキャリアを築けたのは、ナイル・ロジャース及び同じくシックの盟友バーナード・エドワーズの存在があったからこそである。

「ワイルド・ボーイズ」直後にヒットしたグループにとって2曲目の全米ナンバーワンとなる「美しき獲物たち(A View To A Kill)」はバーナードがプロデュース。シックが関わった80年代中盤期のレパートリーはデュラン・デュランにとって実に重要な役割を果たした作品たちばかりであった。

そしてグループ史上2曲目となったナンバー2ソングは、そういった一連の流れの中で決定打的な作品となる(続く)。


■The Wild Boys
(84年12月~85年1月4週2位)
■Hungry Like The Wolf
(83年3位)
■The Reflex
(84年1位)
■A View To A Kill
(85年1位)

2017.10.08
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  YouTube / DuranDuranVEVO 
 

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