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サバイバーを一発屋にさせなかった男!ジミ・ジェイミソンの功績

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photo:SonyMusic  

アメリカンロックバンド、サバイバーの2代目ヴォーカルのジミ・ジェイミソンが、2014年9月1日に63歳でこの世を去って早5年の歳月が過ぎた。彼の歌声が80年代にもたらした功績を、この節目に改めて振り返ってみたい。※順位はすべて全米チャートより

サバイバーといえば、ロックファンなら誰もが映画『ロッキー3』のテーマ曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」を連想するはずだ。心を高ぶらせるシンプルなビートと力強いリフ。否が応でも脳内リピート必至のこの曲は、誰もが一度は耳にしているはず。82年のチャートで6週1位を獲得したメガヒットチューンで、まさに 80s の洋楽ロックを代表する楽曲のひとつだ。YouTube の再生回数も2019年8月30日時点で5億2千万回超を数える。

そんな有名曲の印象が強すぎて、日本ではおそらくサバイバーを “一発屋” と認識している人も少なくないだろう。実際に、彼らは本国でも一発屋に片足を突っこみかけていた。同名のアルバムも2位と大ヒット後、次作『コート・イン・ザ・ゲーム』が優れた作品にも関わらず83位、シングルも77位と惨たんたる結果に終わったのだ。さらには、初代ヴォーカルのデイヴ・ビックラーがこの最悪のタイミングで脱退してしまう。

そんな大ピンチといえる状況下で、後任ヴォーカルを努めたのがジミ・ジェイミソンだった。この選択が一発屋になりかけたサバイバーの汚名を返上させ、起死回生の逆転満塁ホームランをもたらすことになる。

まずは、84年にジミが加入後の第一弾シングル、映画『ベスト・キッド』のテーマ曲「ザ・モーメント・オブ・トゥルース」が63位とチャートポジションをゆりもどし、再び勢いづいた彼らは、アルバム『ヴァイタル・サインズ』をリリース。これが16位を記録したうえに、「アイ・キャント・ホールドバック」(13位)、「ハイ・オン・ユー」(8位)、「ザ・サーチ・イズ・オーヴァー」(4位)と、シングルカット曲をチャート上位に次々と送り込んだのだ。結果、アルバムは前々作以来のプラチナムを獲得。さらに、85年には映画『ロッキー』シリーズに再び抜てきされ、『ロッキー4』のテーマ曲「バーニング・ハート」は、2位に輝いた。

一方、日本では、同じ産業ロック系統のジャーニーや TOTO 辺りと比較すると、サバイバーの人気はなぜか沸騰せず、「アイ・オブ・ザ・タイガー」だけのバンド、というイメージを払拭できなかった。当時ラジオで全米チャートを紹介する番組を聴いていると、彼らの楽曲が何曲も上位にランクインしており、日本との違いに驚いたのを記憶している。85年には初来日こそ果たしたが、メタル専門誌のレビューで『ヴァイタル・サインズ』が信じられない酷評を受けるなど、メディアからの後押しも十分ではなかったことも、要因のひとつであろう。

『ヴァイタル・サインズ』が全米チャート席巻した理由は、メロディアスなロックを愛する人であれば一聴瞭然だ。アルバムのどこを切っても美しいメロディに彩られ、万人にアピールするキャッチーでラジオフレンドリーな楽曲がズラリと並ぶ。リリースからちょうど35年の節目だが、未だに色あせることなく、聴くたびに新鮮な感動を呼び覚ます普遍の魅力に溢れている。

フランキー・サリヴァンとジム・ピートリックの卓越したソングライティング力が、サバイバーの核であることは間違いないが、その魅力を最大限に引き出した要因は、ジミの歌声とその卓越した表現力によるところが大きい。突き抜けるようなハイトーンと、ハスキーで切なさや味わいを同居させた絶品のヴォーカルスタイル。あのスティーヴ・ペリーやルー・グラムあたりと並び賞されるべき名ヴォーカリストといえるだろう。

86年の6th アルバム『ホエン・セカンズ・カウント』は49位にとどまったものの、シングル「イズ・ディス・ラヴ」が9位のヒットとなるなど、サバイバーは快進撃を続けた。しかし、メンバーが流動化した次作『トゥ・ホット・トゥー・スリープ』は奮わず、結局88年にジミもバンドを離れてしまう。

それから紆余曲折を経て、2000年にジミはサバイバーと再合流して2006年には復活作『リーチ』、さらには2008年にはソロアルバムをリリース。僕はレコード会社のディレクターとしてこの2枚の日本盤制作を担当させてもらった。

そのときのプロモーションの一環として、ジミの電話インタビューをセッティングすることになったのだが、関係者からジミのパーソナリティーについてあまりよい話を聞かず、少々不安を覚えた。しかし、実際のジミとのやりとりはとても紳士的かつスムーズで、インタビューも無事終えることができた。

彼は日本盤のリリースやプロモーションを喜んでくれたうえ、完成したアルバムのブックレットのサンクスリストにわざわざ僕の名前を入れてくれたことが、とても嬉しかったのを思い出す。

そんなジミが亡くなった知らせには、薬物中毒が関与した死因も相まって深くショックを受けた。年令は重ねていたけど、シンガーとしてまだまだやれるはずだったし、もう一度来日して生の歌声を届けてほしかった。

メロディアスなロックを歌うために生まれてきた男、ジミ・ジェイミソン。彼が僕たちに残してくれた宝物のような歌声は、人々の心にいつまでも深い感動をもたらしてくれることだろう。

ちなみに、ジミが歌うスタジオ録音の「アイ・オブ・ザ・タイガー」を、当時のライヴヴァージョンやスタジオ録音の別ヴァージョンでも聴くことができる。デイヴのオリジナルヴァージョンと甲乙つけがたい出来映えで、ぜひ聴き比べてほしい。

2019.09.01
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  YouTube / Survivor Band


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