11月5日

松任谷由実の冬アルバム「流線形'80」1978年に80年代のトレンドを予見した重要作

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松任谷由実のアルバム「流線形'80」発売日
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荒井由実時代の甘いポップスとは正反対の、ラテンフレーバー満載、松任谷由実第1弾アルバム「紅雀」


荒井由実が松任谷正隆と結婚したのが、1976年11月29日。その直前である11月20日に独身最後のオリジナルアルバム『14番目の月』が発売され、オリコンの1位を獲得する大ヒットになっている。つまり荒井由実の活動は有終の美を飾り、華々しく幕を閉じたということになる。その後、約1年半のブランクののち、1977年5月5日に松任谷由実名義の最初の作品「潮風にちぎれて」、同年11月5日に第2弾シングル「遠い旅路」を発売している。「遠い旅路」は時代劇の主題歌として依頼され書き下ろした曲だったが、直前でタイアップがなくなり中途半端な形の曲になってしまったのだそう。

そんな中途半端な形で松任谷由実の活動を終わらせてはいけないと、本腰を入れて制作されたアルバムが、松任谷由実第1弾アルバム『紅雀』だった。荒井由実時代の甘いポップスとは正反対のラテンフレーバー満載の渋いアルバムになった『紅雀』は、サンバやボサノヴァアレンジの楽曲が大半を占めており、それまでのファンはかなり困惑したはずだ。

前年、マイケル・フランクスが名盤『スリーピング・ジプシー』を発表しているが、このアルバムに収録されてる「アントニオの歌(虹を綴って)」から大きな影響を受けアルバムを制作したのだと、先日ユーミンが自身のラジオで語っていた。収録曲「白い朝まで」などはこの曲の影響が色濃く出ていると思う。しかし、売り上げは落ち込み、周りからの評判も今一つだったそう(とは言え、オリコンの最高位は2位をマーク)。



松任谷由実になってからのポップスをコンセプトに制作された「流線形'80」


この『紅雀』があまりにも渋いアルバムになってしまったため、その反動で制作されたのが『流線形'80』である。このアルバムは1978年11月5日の発売なので、冬を思わせるモチーフの楽曲が多数収録されている。「松任谷由実になってからのポップス」をコンセプトに制作された本作は、「新たなる衝撃!!これこそ完成されたアルバムと言えるでしょう。」とレコードの帯に記されてある。帯のコピーとは別にアルバムのキャッチもあり「まだ見ぬストリームライン(流線形)がユーミン・シティを駆けて行く」というものであった。すでにこの時点で、“シティ” というワードが使われていたことは非常に興味深い。

1978年の発売なのに何故「‘80」なのかというと、’80というワードをつけておけば、次の10年もやっていけるという、どこか自身への暗示のような意味合いがあったのだそう。その暗示通り、80年代のユーミンの活動は社会現象を巻き起こすほど華やかなものになったのは皆さんご存知の通りだ。ユーミンの時代を読む力は、このアルバムの随所に散りばめられている。

来生たかおとのデュエット曲「Corvett 1954」


イラストレーターの矢吹申彦が手掛けたジャケットのアートワークは、収録曲「Corvett 1954」からインスパイアされたものだ。この曲がアルバムの核となっており、シボレー・コルベットからタイトルがつけられている(ちなみに歌詞内には “流線形” というワードも出てくる)。このスイートなナンバーのデュエット相手は来生たかおだが、当時はまだ知る人ぞ知る存在だったはずだ。ちなみに来生が「夢の途中-セーラー服と機関銃-」でブレイクしたのは1981年のことである。

オープニングナンバー「ロッヂで待つクリスマス」は映画『アルプスの若大将』からモチーフを得たそうだが、“クリスマス” を恋人たちの恒例行事にしたのは、1980年の「恋人がサンタクロース」だと言われている。つまりこの時点でスキーやクリスマスが80’sのトレンドになるということを、ユーミンはすでに肌感覚でわかっていたのだと思う。大ヒット映画『私をスキーに連れてって』が公開されたのは、アルバム発売から約10年後の1987年のことである。

コンサートのハイライトシーンでは欠かすことのできない人気曲「埠頭を渡る風」。この曲はシングルで発売されているにも関わらず、当時はほとんど注目されなかったが、コンサートで歌われるたびに盛り上がりを見せ定番曲に成長した人気曲だ。この曲の舞台は冬の晴海埠頭だが、ドライブやベイエリアは80’sには欠かせないアイテムだった。



ユーミンがきっかけでサーフィンや湘南がトレンドアイテムに


シングルとして発売された「入江の午後3時」は油壷をモチーフにした湘南ソングだが、このシングルのジャケットは葉山マリーナで撮影されており、リゾートコンサートの決定版『SURF & SNOW』はこの年に葉山マリーナからスタートしている。サーフィンや湘南がトレンドアイテムになったのも、ユーミンがきっかけだといっても決して過言ではないのだ。



山下達郎が華やかなコーラスワークを手がけた「真冬のサーファー」。80年代のサーフィンブームの火つけ役になった雑誌『Fine』は、アルバムが発売になる2か月前に創刊されているのも単なる偶然だとは思えない。ユーミンがサーフィンとスキーをテーマにしたアルバム『SURF&SNOW』を発売したのが1980年12月。1981年から苗場のコンサートを開始している。つまり、『SURF&SNOW』というテーマは、すでに『流線形'80』の中で完成されていたということになる。

80年代のトレンドを予見した重要なアルバム


アルバムのラストナンバー「12階のこいびと」は、フレンチポップス風のアレンジのオシャレなナンバーだが、実は不倫ソングである。不倫ブームの火つけ役となったドラマ『金曜日の妻たちへIII・恋におちて』が社会現象になったのは1985年のことだ。

松任谷由実『流線形'80』は、冬の名盤として多くの人々に愛されているアルバムであり、クリスマス、ドライブ、ベイエリア、サーフィン、スキー、不倫まで80年代のトレンドを予見した重要なアルバムである。しかし、当時のユーミンは、荒井由実時代に比べてかなり売り上げが落ちていた時代であり、地方のコンサートは空席が目立つ会場もあったそうだ。

しかし、満員の観客をイメージし派手なコンサート活動を継続し、アルバムを年に2枚リリースしていたのもこの時期だ。一度ブームになったアーティストが、また再びブレイクするには大きなパワーが必要だったということだろう。ユーミンの第二次ブームが起きたのは1981年だが、松任谷由実になってからの数年間の努力がなければ起こせなかったブームだったはずだ。

近年のシティポップブームで、ユーミンの楽曲が新たなリスナーにも支持されているが、気軽に聴けるポップスの裏側には、血のにじむような努力があったということを忘れずに、心してこのアルバムを聴きたいと思う。

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2023.11.05
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カタリベ
1967年生まれ
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