11月30日

松任谷由実「DA・DI・DA」ユーミンが教えてくれた “自分の人生は、自分で決める”

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確実に時代がこっち側に動いてきたという1985年、「DA・DI・DA」リリース


1985年、昭和60年はどのような年であったか。第二次世界大戦の無条件降伏から40年が経った年、年初から目についた出来事を時系列でざっくりと並べてみよう。田中角栄が脳梗塞で倒れ政治の第一線から退く。テレビ番組「夕やけニャンニャン」放送開始。男女雇用機会均等法成立。年初に郷ひろみと破局した松田聖子が神田正輝とジューンブライド。日本人宇宙飛行士誕生。日航ジャンボ機墜落事故。この年電電公社から民営化したNTTがショルダーホン発売。プラザ合意成立。ニュースステーション放送開始。阪神タイガース優勝、独立民放FMラジオ局第1号となるFMヨコハマ開局… といったところ。確実に時代がこっち側に動いてきたという1985年11月末、『DA・DI・DA』はリリースされた。

1984年12月1日にリリースされた前作『NO SIDE』からほぼ1年後のリリース。前作からの大きな変化は、歌の主人公たる女性が男性へ依存する度合いがぐっと下がったこと。もちろん各作品においては微妙な心境等も見え隠れする部分があるが、この作品に出てくる女性たちはほぼ全員、彼女たち自身、自分の足で歩んでいこうとしている。

ユーミンが男女雇用機会均等法を意識したかどうかはわからないが、1966年生まれのエッセイスト酒井順子さんは著書『ユーミンの罪』(講談社現代新書)において、“このアルバムからは非常に強い「女の自立」臭が漂ってくる“ と記している。



日本では1985年、男女雇用機会均等法が成立し(施行は翌年の1986年)、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約を批准した。とはいえ、均等法にうたわれている「募集・採用、配置・昇進につき、女性を男性と均等に取り扱う」は努力目標にすぎない。実際には女子の採用は短大卒まで、自宅通勤、寿退職が当然の不文律として残り、結婚しても仕事を続けます、というのはまだ少数派だった。仕事自体も事務職であればお茶汲みにコピー取り、職場の花と言われた時代。入社2〜3年では、ひとり暮らしのできるようなお給料はとてももらえなかった。ライフコースとしては学校を卒業して数年働いて家庭に入る、というのが標準的だった。

女子大生のバイブルと言われた雑誌『JJ』(ジェイ・ジェイ)1985年12月号の表紙には、”山の手と芦屋お嬢さん実例集”、”見合い結婚のテクニック” といった、ふわふわ系と現実的な見出しが同列で並んでいる。その頃海外に逃亡していた19歳のわたしと同年代の当時の女子大生は、ふわふわしつつ、近い将来やってくる現実を見据えていたのだろう。

『DA・DI・DA』に収録された楽曲は、当時流行の深いリバーブはそれほど見られず、サウンドに時代性を感じさせない良質な作品が揃っている。これはユーミンの作品の美点のひとつだ。

冬の華やかな街の風景を想起させる「2人のストリート」


背中を押すような 「♪ Dadida, Dadida, Dadida」の力強いコーラスが印象に残るM-1「もう愛は始まらない」。気まぐれな恋人との、終わった恋を鮮やかに切り捨てたと思ってはいるけれど、どこかまだ残る気持ちをなんとか捨て去ろうと、もがくようなユーミンのヴォーカル。これを鮮やかに力技で押しのけるドラムスから曲後半へ続いていく流れが映像的だ。

11月末日発売ということで、季節はクリスマスを前にした初冬。街が一番華やかになる季節。このアルバムにはもちろん、そういった明るい冬のうたも含まれている。

M-2「2人のストリート」の舞台は12月のクリスマスが近い街。渋滞の中、周りからクラクションを鳴らさせるような派手な喧嘩をする割にはやっぱり別れないというカップルが実に微笑ましい。サウンドもポップで、冬の華やかな街の風景を想起させる。

そして、M-3「BABYLON」は、何かの決断をした後の女性のうただとわたしは解釈している。都会で暮らす女性のうた、ではあるが、故郷で決められていた人生を送っていた時間を捨ててきた、それほど若い女性ではないように思えるのだ。

M-4「SUGAR TOWNはさよならの町」雪の日の朝、一緒に暮らした部屋からふたり別々に出ていく風景。未練たっぷりの彼女のなかでは、砂糖菓子のように甘い時間だったのだろう。

M-5 「メトロポリスの片隅で」はアルバムリリース前の1985年8月1日にシングルとして発売。資生堂化粧品のCMにも起用された。東京に暮らす、恋人と別れたひとりのOLが、心に痛みを感じながらも、前向きに頑張っていこうとする “私は夢見る Single Girl” という高らかな宣誓が清々しい。ひとりで生きて行こうと思ったことのある女性にとっては、欠かせない1曲だろう。



M-6「月夜のロケット花火」も、明示はされていないが「来年はもう離ればなれね」という詞から、年末が近いことを思わせる。冬の花火は夏よりずっと綺麗なことを知っている人がこの時期どれくらいいただろうか。

新幹線のイメージを大きく変えた「シンデレラ・エクスプレス」


1985年は東海道・山陽新幹線にシュッとした100系車両がデビューした年でもある。M-7「シンデレラ・エクスプレス」は新幹線のイメージを大きく変えた。東京で付き合っていた恋人が西の街に転勤になり、東京駅で見送る彼女は、ついていきたいと思いつつ「♪ 力を下さい 距離に負けぬよう」と、遠距離恋愛という “意地悪なこのテスト” に立ち向かって彼を待つ。これも彼女自身への、また彼への宣誓に見える。

M-8「青春のリグレット」麗美さんへの提供曲のセルフカバー。麗美さん版は将来結婚することを夢見る少女。ユーミンが歌うと、夢を見る恋人を捨てて、“普通に結婚していく” 現実に生きようとする女性。心の中では、夢を見る恋人を精いっぱい愛したという宣誓を彼女自身に行っているのだ。そうやって甘酸っぱい青春時代を終えて、大人になっていく。

ラストを飾るM-9「たとえあなたが去っていっても」詞も、メロディも、アレンジもどこを切っても実に力強い楽曲だ。酒井順子さんは ”女の軍歌” と綴っている。

人間はみんなLonely Soldiers、そんな人間賛歌のアルバム


リリースから38年。当時聴いていたリスナーは、既に50代以上になり、いろんな経験を積んできたはずだ。ゆるふわ女子大生だったわたしもこの作品集にあるようなエピソードをいろいろやらかしてきた。路上で車から飛び降りてそのまま別れたこともあるし、東京に転勤した彼に会うためにJR東海に年間60万支払ったあげく、距離に負けてしまってわんわん泣いたこともある。それでも東京で普通に働いて普通に生きている。

アルバム『DA・DI・DA』に収録された9曲に共通しているのは「自分の人生は、自分で決める」ということ。痴話喧嘩をしても、未練があっても、待つことにしても、自分の人生を決めるのは自分自身だ。恋も仕事も、自分が思うように決めていきたい。たとえそれが戦いであっても。そして女性に限らず男性も、人間はみんな Lonely Soldiers なのだ。そんな人間賛歌のアルバムだと思っている。

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2023.11.30
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カタリベ
1965年生まれ
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