令和において工藤静香の曲でダントツ人気の「慟哭」
今から31年前の1993年2月15日、この日付のオリコン・シングルランキングの週間1位は、工藤静香「慟哭」だった。本作は、静香本人が出演するフジテレビ系 “月9” ドラマ『あの日に帰りたい』の主題歌として発表され、そのCDシングルの売上は、オリコン調べ(TOP100内のみカウント)では93.9万枚、実売の日本レコード協会調べではミリオン認定があり、いずれも静香最大のセールスとなっている。
また、「慟哭」は、令和においても、ストリーミングサービスのSpotifyでの再生回数(2024年1月31日現在)が約840万回で2位の「MUGO・ん…色っぽい」の約515万回を大きく引き離して1位、カラオケでも静香の中で唯一今でも年間TOP1000の中に入っていてダントツの1位だ(JOYSOUND調べ)。
セールスは最大級であるものの、一番支持された楽曲ではなかった?
確かに “一番CDが売れたから、今でも一番聴かれ、一番歌われているのは当然” と思われがちだが、この「慟哭」、実は発売当時は静香の中で一番人気ではなかった。その証拠として、ここではシングルの年間ランキングの順位で比較してみたい。なぜならば、CDやレコードの市場規模は年ごとに大きく異なっているが、年間順位で比較してみれば、それぞれの年のヒット感が分かるからだ。
年間ランキングで見ると「慟哭」は ’93年の19位で、これは発売順に「MUGO・ん…色っぽい」(88年6位、年をまたいだ累計では5位相当)、「恋一夜」(89年6位)、「嵐の素顔」(89年8位)、「黄砂に吹かれて」(89年9位、年またぎの累計では7位相当)、「くちびるから媚薬」(90年8位)と、アイドル四天王と呼ばれた時代の楽曲よりも「慟哭」は下位となっている。
実際、これら5曲はいずれもTOP10内に平均9週ランクインしているのに対して「慟哭」は6週で、やはりヒット感としては上回っておらず、当時は6番手のCDヒットに。また、アイドル性が強く反映される「ラジオリクエスト」で見てみても、「慟哭」は年間26位で、上記「MUGO・ん~」から「くちびる~」の5曲は発売順に、8位、6位、11位、5位、4位とやはり大きく差があり、それに加えラジオでは「FU-JI-TSU」(88年23位)、「ぼやぼやできない」(91年22位)も好調で、ラジオ部門では「慟哭」は8番手あたり。
さらに、上の年代にも幅広く支持されてきた静香ゆえに「有線放送リクエスト」でも強さを発揮していたが、「慟哭」は年間23位で、こちらも「MUGO・ん~」から「くちびる~」のすべて年間TOP10入り(発売順に6位、5位、6位、8位、6位)に及ばず、「FU-JI-TSU」(’88年20位)、「ぼやぼやできない」(91年25位)、「Ice Rain」(94年22位)、「Blue Velvet」(97年24位)が「慟哭」と同レベルなので、6〜8番手のヒットか。
つまり、「慟哭」は、CDメガヒット時代の波に乗ったことでセールスは最大級であるものの、少なくとも90年代あたりまでは “一番支持された楽曲” ではなかったのだ。
しかも、00年代以降、「慟哭」に後から大きなタイアップがついたり、カバー曲として大きく話題になったりはしていない。実際、井上昌己や加藤ミリヤ、Ms.OOJA、といった実力派シンガーがカバーはしているものの、例えば、清水翔太「化粧」やBank Band「糸」から中島みゆきの原曲を知った人が多いというようなオリジナルへの回帰現象も起こっていない。また、タイアップドラマ『あの日に帰りたい』の全11話の平均視聴率が15.4%(関東、ビデオリサーチ調べ)と当時としては低めだったためか、再放送が話題になったというのもなさそうだ。
それでもなお、「慟哭」が今、最も支持されているのは、やはり、楽曲本来の魅力で平成後期から令和において、ヒットの格上げが起こったのだろう。
「慟哭」を長期的なヒットに押し上げた要因とは?
では、その楽曲の魅力は何だろうか。作詞を手がけた本作までの5作のシングルがすべてオリコン1位となった “中島みゆきの歌詞が良い” ということ、この年まで20曲ものシングルを連続して担当した “後藤次利によるメロディーやアレンジが良い” ということ、はたまた “ミラクルひかるのモノマネで最もインパクトがあった” (実際に、配信チャートで爆上げしたのは『慟哭』歌唱時)」ということなど、どれか1つということではなく、むしろ、これらすべてがヒットの要素と言えそうだ。
そういった中で、私個人は、中島みゆきによる悲恋の心境を綴った歌詞と、後藤次利による軽やかに歌えるポップな曲調との大きなギャップ、そして工藤静香のどちらにも寄せない “ニュートラルな歌声” が長期的なヒットに押し上げた要因だと考えている。
歌詞を読むだけでもうならされるドラマのような展開
歌詞だけ読んでみると、実に悲しい恋のお話だ。自分としては “愛されているかも” と期待をつないでいた男が、ある日、話があると言いかけてくるのだが逃げてはぐらかす。それは、“友達なんかじゃない” と思っているからこそ現実から目を背けたいのだろう。そして、次の場面では彼から “愛され人” を紹介されるが、一晩中泣いていたくせに、その人の前では “こんな人、どこに隠してたの” とちゃかしている自分。そして “おまえも早くだれかをさがせよ” と言われ、つい “エラそうに” 、と言い返してしまう…。まるでドラマのような展開は、歌詞を読むだけでもうならされる。「♪泣いて 泣いて 泣いて」と言葉を重ねる点も「慟哭」ゆえ合点がいく。
しかし、本作の魅力は、この悲恋の歌詞に、超絶明るくノリの良いポップなメロディーがついていることも大きいのではないだろうか。もし、これが歌詞に沿ったマイナー調の楽曲で、テンポもしんみりとしたバラードだったら、あまりに辛辣な状況に耐えられないリスナーもいそうだ。
本作は発売当時からカラオケでヒットしていたが、音域がさほど広くなく、口ずさみやすいサビ部分などは、カラオケBOXで一緒に歌いたくなる人も多いことだろう。中島みゆきは、後藤次利とタッグを組む際、出来上がったデモテープに歌詞を乗せる、いわゆる曲先で作るというが、全体として明るく進む曲に、こんな悲しいストーリーを思いつく中島みゆきも、そんな言葉を引き出す後藤次利もあらためて天才だと感心させられる。
さらに、そんな悲しくも明るいという相反する2つの特徴を持つ楽曲を、静香が要所のみパワフルに聞かせつつも、基本的には力まずに歌っているのもポイントだ。この頃の彼女と言えば、その前作「声を聴かせて」はゴスペル調のバラードで、少々くどいくらいに歌い込んでいたし(今はとても深い歌唱が出来ているので念のため)、「慟哭」の2作後となる「あなたしかいないでしょ」も、後半のフェイクっぽく高音で歌い上げる部分もかなりシャウト気味で、気合いの入れ方がそれまでとは大きく異なるように見受けられた。
この時期、“自分がどんなに音楽を頑張ってもアイドル扱いされてしまう” といった主旨の発言を、雑誌でもよく語っていたのが、そこでの反骨精神が歌唱に表れていたようにも思える。しかし、そんな時期においても「慟哭」はニュートラルな歌唱を体現できているのだ。これも、ヒットの大きな要因だろう。
なお、全体のストーリーやボーカルによりスケール感が欲しい方は、工藤静香が35周年に発表したセルフカバー・アルバム『感受』の新録バージョン(編曲:村松崇継)を、さらに、失恋気分をより深く堪能したい方は、中島みゆきがハードロックの演奏中、「エラそうに!」と悔しさを滲ませて歌うアルバム『時代 -Time goes around-』のセルフカバー・バージョン(編曲:瀬尾一三)をそれぞれオススメしたい。こんな風に、様々な情景を楽しめるのもまた、名曲の証かもしれない。
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2024.02.15