矢沢永吉が発表したキャロルのセルフカヴァー「TEN YEARS AGO」
1985年11月28日――
矢沢永吉は、ソロ活動10周年を記念した企画アルバムを発表する。タイトルは『TEN YEARS AGO』。10年前と題されたそのアルバムは、かつて矢沢が在籍し、キャリアのスタートだったバンド、キャロルのセルフカヴァーアルバムだった。
当時の矢沢の状況と言えば、82年にはドゥービー・ブラザーズのボビー・ラカインドとジョン・マクフィーのもと、『YAZAWA It’s Just Rock’n Roll』でアメリカに進出。このキャリアを活かし、毎年コンスタントにアルバムを発売。同時に全国ツアーを行ってきた。77年から82年までに3度、長者番付歌手部門1位を獲得。85年にはライブエイドにも出演し、言うなれば、リーゼントに革ジャンの「キャロルの矢沢」のイメージを完全に払拭。名実ともに日本を代表するヴォーカリストとしての地位を確立した。
そんな時期に自らの10周年を企画してリリースされた『TEN YEARS AGO』は、キャロルのセルフカヴァーでありながら、ジョン・マクフィーがプロデュースを務め、その色合いはキャロル時代とは全く違っていた。シンプルなロックンロールに固執した印象は微塵も感じない。綿密な音づくりとエンタテインメント性を兼ね備え、矢沢10年のキャリアを集約したアルバムとなった。
ファンが注目した、永ちゃんが歌うジョニーのリード曲
このアルバムに収録されている全12曲のキャロルナンバーは、全てが作曲、矢沢永吉、作詞、大倉洋一(ジョニー大倉)の楽曲である。ここでファンが注目したのは、この中の7曲。つまり、半数以上が、キャロル時代にジョニー大倉がリードヴォーカルをとった楽曲であったということだ。
キャロル解散から、現在に至るまで、矢沢とジョニーの確執について様々な憶測が飛び交っている。しかし、僕はここで言いたい。矢沢とジョニーで作り上げたキャロルという世界観は、そんな憶測だけで語られるほど安っぽいものではないということを――
キャロルというバンドの型枠を作り上げたジョニー大倉の功績
72年に登場したキャロルは、革ジャン、革パンにリーゼントというグラマラスなスタイル、そして、日本語と英語をミックスしてメロディに乗せるという革新的な歌詞により、突出した存在を放ち後世に多大な影響を与えている。
これは、どちらもジョニー大倉の功績である。そして、そんなジョニーが作り上げたキャロルという型枠の中で、ビートルズの影響を大きく受けた矢沢の卓越した作曲センスと独特な歌唱法により、彼らはロックバンドのプロトタイプとなり、40年以上経った今でも反逆の象徴としてエバーグリーンな存在でいられるのだ。
キャロルの歌詞は一見シンプルで普遍的なラブソングでありながら、そこにはバンドは生きものと言わんばかりに、ジョニーの心情がリアルに映し出されている。もっと言ってしまえば、そこに描かれている心象風景は矢沢とジョニーそのものではないだろうか。
ジョニーの心情をリアルに映し出す「ファンキー・モンキー・ベイビー」と「ラスト・チャンス」
例えば、キャロルのイメージを決定づけた「ファンキー・モンキー・ベイビー」では
君は Funky Monkey Baby
飛んでいるよ
歌も楽しい 君と Night & Day
と歌い、またラストシングルとなった、「ラスト・チャンス」では
Baby, これが最後のチャンス
Baby, 恋が燃えつきそうな
信じられない
All My Love 人の心は
だからほんとの答えをおくれ
せめて最後の時に
と歌っている。これは、バンドが頂点へと昇りつめていく時期と、メンバーそれぞれの心がバラバラになり解散へと導かれていく、矢沢とジョニーの極めて個人的な関係を歌にしているとしか思えない。
矢沢永吉が「二人だけ」に込めたジョニー大倉への想い
そして、2014年11月19日。ジョニー大倉の悲報を聞いた矢沢は全国ツアーの只中にいた。矢沢は、あえてセットリストを変更し、キャロル時代にジョニーが歌い、『TEN YEARS AGO』にも収録されている「二人だけ」を歌ったという。
「二人だけ」はキャロルが最も脂が乗った時期、デビュー2年目にリリースされたセカンドアルバム『ファンキー・モンキー・ベイビー』に収録され、ジョニーが歌ったロマンティックなバラードだ。
今夜君 二人だけ
愛の唄 捧げたい
I Love You I Love You Babe
たとえ今 遠くても
会いに行くうそじゃない
I Need You I Need You Babe
これは、まぎれもなく矢沢がジョニーに捧げ、個人的な思いを秘めた曲だ。「たとえ今 遠くても 会いに行く うそじゃない…」これが矢沢の本当の気持ちだったと思う。
矢沢永吉とジョニー大倉、他者の入る隙が寸分もない二人だけの物語
そして、40年前から、それは変わりなかったことを僕は信じている。確執のある二人と噂されていたが、晩年、ジョニーの病室には、矢沢から花束が届いていたと聞いた。ジョニーは苦笑いして、その花束をじっと見つめていたという。
キャロル解散から十年後にリリースされた『TEN YEARS AGO』。そして、ジョニーに捧げた「二人だけ」――
そこには、断片的な情報や憶測では語ることのできない、他者が入る隙が寸分もない二人だけの物語があった。それを一番分かっているのは、矢沢永吉本人ではないだろうか。
歌詞引用:
ファンキー・モンキー・ベイビー / キャロル
ラスト・チャンス / キャロル
二人だけ / キャロル
※2018年7月6日に掲載された記事をアップデート
2019.11.19