まだまだアイドル? 1982年の河合奈保子
1982年、私は高校1年生。中学2年生の頃に河合奈保子のファンになって以来、ずっと奈保子を応援し続けていた。勉強もそこそこに、出演しているテレビ・ラジオはもちろん、『明星』『平凡』などの雑誌もチェックしまくる日々を送っていた。
奈保子はその前年、テレビ番組の収録中に大ケガを負ったものの、見事に復活し、人気アイドルとして活躍していた。この年も「愛をください」「夏のヒロイン」とTOP10ヒットを連発し、歌唱力も少しずつ評価されていたように思う。
しかし、同期の松田聖子がニューミュージックのアーティストから作品提供を受け、クオリティの高いシングルやアルバムを次々とリリースし、歌手としての評価を高めていく中、奈保子はまだまだアイドルの域を出ていないという印象が世間にはあったように思う。
これまでとは全く違う雰囲気、河合奈保子の新曲「けんかをやめて」
その年の夏休み、私が家でラジオを聴いていると、「9月発売の河合奈保子さんの新曲をご紹介します」と言う声が。確か高島忠夫がパーソナリティーの『全国歌謡ベストテン』だったと記憶している。そこで流れた曲が「けんかをやめて」だった。
けんかをやめて 二人をとめて
私のために争わないで もうこれ以上
ドラムの2拍フィルからいきなり始まるその曲は、シングルでは初めてのロッカバラード。それまでのシングル曲とは全く違う雰囲気にまず驚いた。
しかし、それ以上にビックリしたのが出だしの「けんかをやめて」というフレーズである。初めてそこだけ聴いたときは「いきなり歌い出しからけんかをやめろとは何事やねん?」と思った(笑)。
ちがうタイプの人を
好きになってしまう
揺れる乙女心 よくあるでしょう
だけどどちらとも少し距離を置いて
うまくやってゆける自信があったの
え?よくあること? 距離をおいてうまく? それってただの二股では?
ごめんなさいね 私のせいよ
二人の心 もてあそんで
ちょっぴり 楽しんでたの
思わせぶりな態度で…
なかなかに勝手というか、ドイヒー(ひどい)な女の子の言い訳である。
だから けんかをやめて 二人をとめて
私のために争わないで もうこれ以上
散々自分勝手なことを言った上に「だから」とはなんだ! 2コーラス目に至っては
ボーイフレンドの数 競う仲間たちに
自慢したかったの ただそれだけなの
ん? 仲間はみんな数を競ってたのか? そんな仲間とつるんでいてもいいのか?
いつかほんとの愛 わかる日が来るまで
そっとしておいてね 大人になるから
おいおい、言うだけ言って「そっとしておいて」はないだろ(笑)。
メロウなロッカバラードに乗せて表現した、女の子の心の揺れ具合
ツッコミどころ満載なこの曲、メロウなロッカバラードに乗せて歌われたところで、普通なら「いい加減にしろ!」と言われそうなところだが、奈保子が歌うことによって、なぜか「とても健気な女の子」というイメージを強く持ってしまうのだ。
それは、彼女が過剰な感情移入をすることなく、この曲の主人公になりきって歌っていたというよりは、ストーリーテラーとして歌っていたからではないかと私は思う。それが却って女の子の心の揺れ具合を上手く表現できたのではないだろうか。
二人の男性をもてあそぶ女の子の懺悔が綴られていくこの曲、テレビの歌番組ではピアノ弾き語りを披露してアーティスティックな一面も見せてくれるなど、アイドルから成長した “レディ奈保子” としてステップアップするには、十分な条件が揃った作品だったのではないだろうか。オリコンシングルチャートでは最高5位、『ザ・ベストテン』でも最高4位に食い込むヒットとなり、河合奈保子の代表作のひとつとなった。
作詞・作曲竹内まりや、その意図は?
ところでこの「けんかをやめて」、竹内まりやによる作詞・作曲なのだが、作品提供のオファーを受ける1年前に、テレビでハツラツと「スマイル・フォー・ミー」を歌う河合奈保子を見て、「彼女にスローなロッカバラードを歌わせてみたい」という想いから曲を書き上げていたと聞く。しかし、「アンタ何様?」と言われかねないような曲をよくアイドルに歌わせたな、とは思う(笑)。
この「けんかをやめて」と、次のシングル「Invitation」(こちらも竹内まりやによる作詞作曲)、来生えつこ・たかお姉弟による作品も含めたアルバム(『あるばむ』)はオリコンLPチャートで初登場1位を獲得し、奈保子はアイドルからアーティストとして歩んでいくこととなる。
ところで、「けんかをやめて」の主人公は、この懺悔のあとどうなったと思います? どちらの彼とも別れたのか、それともどちらかと交際を続けていたのか…。私は「あれだけ反省していたにもかかわらず、すぐに別の彼を好きになって交際スタート」に一票(笑)。
2021.02.07