1977年 4月5日

宇崎竜童デビュー50周年!ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが開拓した日本語ロックの世界

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ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのベストアルバム「傑作大全集」発売日
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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド14タイトルが一挙デジタル配信


現在も精力的に活動を続ける宇崎竜童のデビュー50周年イヤーを記念して、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが東芝EMI(現:ユニバーサル ミュージック)時代にリリースした全14タイトルのアルバムが各ストリーミングサービスで一挙にデジタル配信がスタートした。

宇崎竜童といえば、まず多くの人が思い浮かべるのは、阿木耀子との夫婦コンビで世に送り出された山口百恵の名曲の数々だろう。アイドルを脱皮し、女性の強かさと、人生の憂いを体現した歌手・山口百恵のイメージを作り上げたのは、宇崎・阿木のコンビだと言っても過言ではない。しかし、同時期に宇崎は、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのフロントマンとして未開の荒野とも言える日本のロックシーンを開拓してきた第一人者でもあった。

「スモーキン・ブギ」で一気にスターダムへ


日本のロックの黎明期である1973年、キャロルやサディスティック・ミカ・バンドと同時期にダウン・タウン・ブギウギ・バンドはデビュー。宇崎もまた、矢沢永吉や加藤和彦と同様、我が国におけるロックの開拓者であった。デビュー曲「知らず知らずのうちに」は、まさに “宇崎節” とも言える湿り気の多いバラード。後に松田優作主演、日本テレビ系ドラマ『探偵物語』最終回に挿入歌として起用された彼らの「身も心も」にも匹敵する名曲である。

宇崎のメロディは、デビュー期にすでに完成されていた。しかしヒットには至らず、セカンドシングル「青春すきま風」では作風を変え、当時の時流だったフォーキーなものとなった。宇崎もダウン・タウン・ブギウギ・バンドも苦悩し、迷走していたのだ。そしてデビューからちょうど1年。サードシングルとしてリリースされた「スモーキン・ブギ」で彼らは一気にスターダムへ駆け上る。

「♪初めて試したタバコがショート・ピース」ではじまるコミカルで軽妙な「スモーキン・ブギ」は50年代に活躍したブルース・ギタリスト、エルモア・ジェームスの「シェイク・ユア・マネーメイカー」をフォーマットとしていた。

「スモーキン・ブギ」のヒットは幸運なことであったが、そこが宇崎の本質ではなかったようにも思える。宇崎の本質とは “湿度の高い日本ならではロック” である。



「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で「紅白歌合戦」出場


70年代前半のヒットチャートを振り返ってみると、やはり演歌やムード歌謡、アイドル、フォークソングがひしめき合っている。ロックがメインストリームに浮上するというのは稀なことだった。やはりそこには “洋楽至上主義” という大きな壁があった。つまり “日本のロックは亜流である” というパブリックイメージだ。ここに立ち向かう宇崎の格闘はダウン・タウン・ブギウギ・バンドですでに始まっていたと思う。

模倣ではなく、どのように日本語のロックを確立するか… これが宇崎とダウン・タウン・ブギウギ・バンドの本懐であった。そして「スモーキン・ブギ」のヒットから3ヶ月後の75年3月25日、彼らは、「カッコマン・ブギ」をリリース。同曲は「スモーキン・ブギ」の流れをくむコミカルなロックンロールであったが、ここで注目されたのはB面に収録されていた「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」だった。

ブルースフィーリングを併せ持つギターリフに全編モノローグで語られるリリック。「♪アンタ あの娘の何んなのさ」は流行語となる。リーゼントに白のツナギという不良をイメージさせるインパクトも相まってダウン・タウン・ブギウギ・バンドは同年の『NHK紅白歌合戦』に初出場する。作詞を担ったのは阿木耀子。これが彼女の作詞家デビューだった。阿木・宇崎のゴールデンコンビの誕生だ。

全編モノローグという発想は、阿木が描く場末感というか、港町に流れてきた女性の人生の一端を垣間見られるような物語が70年代という世相にマッチしていた。そして何より、そこに漂う湿り気が当時の日本人の琴線に触れたのだろう。ここで、彼らの世界観が確立した。阿木の紡ぎ出す言葉に沿うように宇崎はメロディをクリエイトしていく。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの楽曲は、ほとんどが阿木の詞が先に作られたという。いわゆる “詞先” だ。



「傑作大全集」で日本語のロックを堪能


今回デジタル配信がスタートされたダウン・タウン・ブギウギ・バンドの全14作品のうち、まず、何を聴けば良いかといえば、それはもう、1977年にリリースされたベスト盤『傑作大全集』である。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をきっかけにブレイクした彼らの格闘を収めた名盤だ。そして、演歌やフォークとも異なる、宇崎の流儀といえるハードボイルドなエッセンスをふんだんに散りばめた湿り気のある日本語のロックを堪能して欲しい。

「沖縄ベイ・ブルース」や「涙のシークレット・ラヴ」「サクセス」といった名曲からは、今となっては熱苦しいぐらいの男女のもつれ合いと、そこに潜む純愛。時代の質感をリアルに感じ取ることができる。そして、人間の根底に潜むエモーショナルな感情を蘇らせてくれる。

ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの成功は “日本語のロック” という新たな道標を作った。そして、その後に、甲斐バンドやツイストなどのロックバンドがメインストリームに浮上する。これは、現在に至るまでの日本のロックシーンを俯瞰した上でも極めて重要なことである。

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2024.06.17
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カタリベ
1968年生まれ
本田隆
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