PANAMレーベルからソロデビューを果たした大貫妙子
日本クラウンのPANAMレーベルには、日本のポップスシーンを大きく変えたアーティストが多く在籍していたが、大貫妙子もその1人である。大貫妙子は1972年にフォークグループ “三輪車” を結成しデビューすることになったが、プロデューサーだった矢野誠は大貫の音楽性がグループに合わないと判断。矢野の紹介で四谷のロック喫茶・ディスクチャートに出演していたミュージシャンを紹介される。そこで山下達郎と出会い、これをきっかけに1973年、山下らとシュガー・ベイブを結成する。
その後、シュガー・ベイブは1976年3月31日〜4月1日の荻窪ロフトでの公演をもって解散する。大貫はひとりで活動していく自信がなかったそうだが、彼女に可能性を感じた人々の勧めもあって、クラウンのPANAMレーベルからソロデビューを果たした。PANAMでの大貫のディレクター中根康旨は、ティン・パン・アレーやムーンライダーズのディレクションを担当しており、日本の新しいポップスを作るアーティストたちの音楽性に理解を示したディレクターでもあった。
多くのアーティストやミュージシャンが駆けつけた「Gray Skies」
1976年9月25日に発表された大貫のファーストアルバム『Gray Skies』には、山下達郎と坂本龍一という、大貫妙子にとって重要なアーティスト2人がアレンジや演奏に参加している。山下と坂本は1975年に知り合い意気投合。すでに山下の作品に坂本がキーボードで参加しているほか、及川恒平の子ども向けアルバム『海や山の神様たち』でも坂本のキーボード、山下のコーラスという形で共演していた。
『Grey Skies』でも、坂本アレンジの「Wander Lust」や「いつでもそばに」に山下がギターで参加するなど、2人のコラボレーションが見られる。また、シュガー・ベイブ時代から山下と大貫は、他アーティストの作品に数多くコーラス参加しており、こういった活動もあって、大貫のソロデビューにも多くのアーティストやミュージシャンが駆けつけたのだ。
この時代、はっぴいえんどを源流としたティン・パン・アレー、大滝詠一のナイアガラ・レーベル、さらにサディスティック・ミカ・バンド周辺のミュージシャンが互いの作品に参加し合い、それぞれの音楽的進度を深めていた。日本のポップスシーンは草創期から躍動期にかかっていたのだ。
全曲坂本龍一のアレンジ「SUNSHOWER」で時代のトレンドに接近
1977年7月25日発売のセカンドアルバム『SUNSHOWER』では、全曲坂本龍一のアレンジとなり、時代のトレンドであったクロスオーバー / フュージョンサウンドに接近。現在、シティポップの名盤として世界的な評価を受けるアルバムになったが、ここから坂本とのコラボが本格化していく記念すべき作品でもあった。
また、坂本と並んで以降の大貫妙子の音楽に重要な役割を果たすギタリスト・大村憲司も本作が初参加である。大貫が大村の演奏を観たのは、大村が当時在籍していたフォークグループ、赤い鳥のライブだったそうだ。大村はその後長い年月にわたって、彼女の作品に欠かせない存在になっていく。
なお、PANAM時代の大貫妙子にはアルバム未収録の作品が2曲ある。1つは1977年3月5日にリリースされた初のソロシングル「明日から、ドラマ」で、アレンジはティン・パン・アレーの松任谷正隆。歌詞に関しては松任谷の妻になったばかりのユーミンからアドバイスを受け、松任谷夫妻らと延々とディスカッションして完成したそうだ。この曲は2007年にリリースされた『Gray Skies』の再発CDに、ボーナストラックとして収録されている。
もう1曲は1977年7月5日に発表されたシングル「サマー・コネクション」のB面に収録された「部屋」。編曲は坂本龍一、演奏メンバーは鈴木茂、吉川忠英、田中章弘、林立夫、斉藤ノブで、自身でもお気に入りの作品と語っている。A面の「サマー・コネクション」もアルバムバージョンとは別テイクで、演奏メンバーも異なっている。この2曲も2007年リリースの『SUNSHOWER』再発CDに収録されたほか、2015年にはアナログ7インチで再発されている。
女性シンガーソングライターの勃興期にデビュー
大貫妙子がソロデビューした1976年は、日本の女性シンガーソングライターの勃興期であった。1970年代前半に登場した金延幸子、五輪真弓、りりぃ、荒井由実、吉田美奈子、高木麻早らが活躍を始め、1974年の小坂明子「あなた」の大ヒットで、女性シンガーソングライターの存在が大きく注目を集めた。1975〜1976年にかけては荒井由実の大ブームが起こり、他にも小坂恭子「想い出まくら」、丸山圭子「どうぞこのまま」といった女性シンガーソングライターの作品が大ヒットを記録している。大貫妙子はその渦中でのソロデビューだったのだ。
なお、大貫と同年にソロデビューを果たしたのが矢野顕子だった。ティン・パン・アレー周辺の女性シンガーソングライターとしては、荒井由実、吉田美奈子に続き、最後に登場したのが大貫と矢野である。4人それぞれに唯一無二の音楽性を引っ提げて日本の音楽シーンを大きく変えていくことになる。
大貫妙子はその後、サウンド面こそ変遷を繰り返していくが、シンガーソングライターとしての作風は、この時期から変わらない。独特のメロディーラインや、言葉数の少ない歌詞、そして曲と歌詞が一体化した独自の世界は、その後も一貫して彼女の魅力であり、PANAM時代の作品には、キャリア50年を超えても未だ瑞々しいその音楽性の最初の一歩がパッケージされているのだ。
▶ 大貫妙子のコラム一覧はこちら!
2026.04.17