10月21日

もうすぐ80年代!山下達郎が時代の変わり目につくったアルバム「MOONGLOW」

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ネガティブな気持ちにさせない山下達郎の音楽


山下達郎さんの音楽って、どんな音楽? 何も知らない人に訊かれたら、一言、「気持ちいい音楽だよ」と答えている。ストイックでもあるし、スウィートでもあるし、爽やかな青空を思わせる爽快な曲もあれば、シニカルな内容もある。ただ、共通しているのは、山下達郎さんが、ご自身の声で表現するメロディが、基本的に前向きであり、ネガティブな気持ちにさせないことだと思っている。

アルバム『MOONGLOW』を最初に聴いたのは1981年秋、高校1年の頃。阪急甲東園駅近くに出来た「友&愛」という貸レコード屋で借りたのが最初だった。その時は、1979年10月のリリースからは2年近くが経っていた。関西学院大学に近いこのお店では、山下達郎さんのアルバムは人気があり、いつ行っても貸し出し中。学校の帰りに毎日寄って、やっと手にして持ち帰ったときは嬉しかったものだ。わたしがこのお店で借りた最初の山下達郎さんのアルバムでもある。

「RIDE ON TIME」や「DAYDREAM」とは違った、どこかもっと色っぽい雰囲気


洋楽のアダルトコンテンポラリーのような、おしゃれな大人の音楽だな、というのが、わたしが最初に聴いたときの想い出。それまでに聴いたことがあった「RIDE ON TIME」やラジオで流れていた「DAYDREAM」とは違った、どこかもっと色っぽい雰囲気を感じたものだった。

A面の1曲目に針を落とし、スピーカーから聴こえてきたのは達郎さんの歌声。そう、このアルバムの1曲目「夜の翼」はアカペラなのだ。おいしい水をごくごく飲むように、耳に達郎さんの歌声が満ちていくしあわせ。この曲のみ、達郎さんが詞も書いている。

達郎さんの声が消え、エレピのイントロからぐっと甘い世界感に連れて行く、「永遠のFULL MOON」。吉田美奈子さんが綴る、しあわせに満ち満ちた恋人たちの世界を歌う、感情を抑えきれない達郎さん。ゆったりしたリズム、美しいストリングスの上での、よろこびに満ちたヴォーカルがとても色っぽい。この曲に限らないが、『MOONGLOW』では素晴らしいストリングスが随所で聴ける。



A-3の「RAINY WALK」はもともとアン・ルイスさんのために書いたストック曲を、達郎さん自身が気に入り自身の作品として仕上げたもの。ずっと身を任せていたくなるグルーヴが、実に気持ちいい。

アン・ルイスさんの当時のレコーディングメンバーだった細野晴臣さん、高橋幸宏さんが参加している。2002年版のCDのライナーノーツで山下達郎さんは、

「高橋幸宏氏と細野晴臣氏のリズムのコンビネーションの素晴らしさ! 時まさにYMOの全盛期でしたから、あのころの日本の演奏家がいかに多彩な表現力を持っていたかがわかります」

―― と記している。ちなみにYMOのもう一人のメンバー、坂本龍一さんもB-4「YELLOW CAB」で参加している。

エネルギーチャージしているような山下達郎と吉田美奈子とのヴォーカルの掛け合い


ミディアムからスローよりの曲が目立つA面で、いちばん肉体性に富んでいるのが「FUNKY FLUSHIN’」。A-4の「STORM」の、痛みさえも感じさせる、凍てついた真冬の真夜中の嵐のなかで、それでも生きようとするかのような、アウトロのヴォーカルの迫力を堪能した後での、

 誰かを誘って聴きにおいでよ

 Rhythmに乗って 手拍子打って
 口ずさむ歌 あの子のLove Song

山下達郎さんと吉田美奈子さんとのヴォーカルの掛け合いも素晴らしい。エネルギーチャージをしているようだ。まさしく心も身体も開放感にあふれている。

なお、「FUNKY FLUSHIN‘」は1990年に船山基紀さんがラテン的なアレンジを施し少年隊がカバーしており、コーラスアレンジは山下達郎さん自身が手掛けている。

「MOONGLOW」のチャームポイントのひとつ、映画のような鮮やかな場面転換


レコードを引っくり返してB面。激しさのある「HOT SHOT」最後のBang! から、一転して甘々のバラード「TOUCH ME LIGHTLY」へ。キング・トーンズへの提供曲をセルフカバーしたもので、シルキーなヴォーカルとコーラスがとても美しい。映画のような鮮やかな場面転換が、『MOONGLOW』のチャームポイントのひとつ。わたしはそう思っている。

前述した2002年版のCDのライナーノーツで山下達郎さんは、

「『GO AHEAD!』が作家志向の強い五目味のスタジオ然としたアルバムであるのに対して、『MOONGLOW』はうって変わって、時代性を意識した、そして何よりライブ・ステージでの再現性を考慮に入れた作品で固められたアルバムになりました。」

―― と記している。

このライナーノーツを読むまで、時代性を意識しているとはあまり思っていなかったのだが、あらためて聴いてみて、音作りで時代性を反映しているようにわたしが思ったのは、B面の3曲目以降。朝を表現する鳥のさえずりで始まる「SUNSHINE 愛の金色」のMini Moogのソロや、「YELLOW CAB」でのコーラス処理、そして「愛を描いて~LET’S KISS THE SUN~」の歌の直前、“Come along!” から歌が始まるあたりのパーカッション等が、“あ!1979年” といった音像、音作りに新鮮味を感じた。



「MOONGLOW」というタイトルに込められた意味とは?


本作では、吉田美奈子さんは3日で5曲の詞を書いたという。達郎さんは、歌入れのその日に美奈子さんに頼んでいたという。それだけ、少ないことばで心象風景を描く美奈子さんの感覚の鋭さ、ことばの選択を若い山下達郎さんは信じた。

英語で月光はMoonlightだが、本作は『MOONGLOW』。このタイトルに込めた思いは何だったのだろう。照らすだけではなく自ら輝く、当時の山下達郎さん自身がそうありたいと思って付けたタイトルのようにも見える。このアルバムの後、「RIDE ON TIME」で大ブレイクし、山下達郎さんはいまも輝き続けている。

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2023.07.02
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カタリベ
1965年生まれ
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