昭和の "歌う俳優" を代表するひとり、中村雅俊 俳優・中村雅俊のデビュー50周年記念ベストアルバム『SONGS〜Masatoshi Nakamura 50th Anniversary All Time Best〜』が5月29日に発売される。歌手としても活躍し、多くのヒット曲を連ねてきた50年。俳優が余技として歌を出す場面は少なくないが、それが本業といえるくらいにまで成功を収め、なおかつ長年にわたる例は極めて稀である。石原裕次郎や加山雄三の流れを汲む昭和の "歌う俳優" を代表するひとりであり、令和の今もなお、現役のスターが中村雅俊なのだ。
1973年に文学座へ入所したの中村の本格的なデビュー作となったのは、翌1974年、日本テレビの刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のゲスト出演。劇団の先輩である松田優作が番組プロデューサーの岡田晋吉(おかだひろきち)に紹介したことによる。それがきっかけとなり、やはり岡田がプロデューサーを務めていた学園青春シリーズの新番組『われら青春!』の主役に中村雅俊を抜擢した。『太陽にほえろ!』に出演していた松田も『われら青春!』の前番組である『飛び出せ!青春』に主演した村野武範から岡田に紹介された経緯がある。
「われら青春!」の挿入歌「ふれあい」でチャート1位を獲得 『飛び出せ!青春』での村野も、既シリーズの教師たちとは異なる70年代らしい新たな若者像を演じたが、『われら青春!』で中村が扮した沖田俊はさらにニュータイプの型破り教師だった。熱血漢であることは歴代と変わりなくも、生徒たちとの友達感覚が強く、より近い目線で一緒になって悩むひたむきな姿が視聴者を魅了した。実際に生徒役には中村より年上だったり、役者として先輩の俳優がたくさんいた。
この『われら青春!』では、歌手・中村雅俊が早くも誕生する。シリーズを代表する名フレーズ "涙は心の汗だ" が歌詞に織り込まれた主題歌「帰らざる日のために」をいずみたくシンガーズが歌ってヒットしたのに続いて、中村のデビュー曲となった挿入歌「ふれあい」はチャート1位を獲得し、主題歌を上回る大ヒットを記録したのである。
それまでのシリーズでも主演俳優が主題歌や挿入歌を歌うことはあったが、なかなかヒットには結びつかなかったず。それが初めてミリオンセラーとなる予想外の特大ヒットとなったのだった。ドラマの場面にもぴったり重なった叙情的なナンバー。フォーク調の曲が流行っていた時代背景にも見事にマッチしたことは言うまでもない。
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視聴者の胸に刻み込まれた「俺たちの旅」 『われら青春!』と「ふれあい」のヒットで一躍その名を馳せた中村は、テレビ、映画、CMなど幅広く活躍し、歌手としてもコンスタントに作品を連ねてゆく。松田優作とのダブル主演となった刑事ドラマ『俺たちの勲章』では吉田拓郎が作曲した挿入歌「いつか街で会ったなら」もヒット。脱・学園もので青春ドラマにさらなる新機軸を打ち出した『俺たちの旅』でも、小椋佳作詞・作曲による主題歌「俺たちの旅」が大きなヒットとなった。エンディングに毎回流れた「ただお前がいい」も、画面に映し出された青春の詩と合わせて、視聴者の胸に刻み込まれた名歌である。
俳優と歌手を両立させての活躍ぶりで、昭和40年代前半の青春スターだった加山雄三に重ねられることも多い。加山は自ら作曲もしながら、エレキ / GSブームの渦中に独自のスタンスでヒット曲を連発したが、中村もフォークやアイドル勢が主流となっていた歌謡界で、歌う俳優という特別な存在感を放ちながらヒットを連ねた。2人は年齢こそひと回り以上違えど、慶応ボーイ、妻が女優といった共通点もある。女性ファンのみならず、男性にとっての憧れの対象になったのも似ている点といえるのではないだろうか。
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天才作曲家・筒美京平が中村に提供した「時代遅れの恋人たち」 『俺たち』シリーズが3作続いた後(2作目の『俺たちの朝』は勝野洋主演)、日テレ青春シリーズが学園ドラマに回帰した1978年の『青春ド真中!』で、中村は再び教師役に挑む。主人公の中原俊介は、『われら青春!』の沖田俊と『俺たちの旅』のカースケこと津村浩介が合体したような、女好きで熱血漢の破天荒なキャラクター。主題歌は吉田拓郎作曲による「青春試考」で、松本隆の作詞が新鮮だった。
そしてキャストとスタッフの多くがスライドした形の続篇『ゆうひが丘の総理大臣』でも、中村は奔放な主人公の大岩雄二郎役を演じて人気を博した。オープニングの「時代遅れの恋人たち」と、エンディングの「海を抱きしめて」はいずれも出色の主題歌で、その世代にとっては忘れられない傑作である。天才作曲家・筒美京平が中村に提供した最初で最後の作品となったが、山川啓介の瑞々しい詞、大村雅朗の躍動感溢れるアレンジと相まって、ドラマと共に今も愛され続けている。
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歌手活動のターニングポイントとなった「恋人も濡れる街角」 その後も多くのドラマや映画で活躍する中、80年代にも歌手としての大きなヒットがまた生まれた。1981年秋に出され、翌1982年に入ってからチャート1位を記録した「心の色」は、大津あきら × 木森敏之の作。当初は主演ドラマ『われら動物家族』の挿入歌だったが、好評を得て途中から主題歌となる。TBS『ザ・ベストテン』では1982年の上半期1位、年間4位に輝いた。
さらにこの年は、歌手活動のターニングポイントとなる曲にも出会っている。桑田佳祐が作詞・作曲した「恋人も濡れる街角」である。中村はそれ以前にも桑田から「マーマレードの朝」という曲を提供されていたが惜しくもヒットには至らず、そのリベンジの意味も込められた作品であったという。映画『蒲田行進曲』とドラマ『おまかせください』のダブルタイアップもあって、結果見事にヒットに至った。この曲で中村は桑田から大きな影響を受けたとおぼしく、以降の歌唱スタイルにも変化が見られるようになった。
VIDEO デビュー以来、常に途切れることのない俳優の仕事と並行して歌手活動もコンスタントに行い、コンサートツアーもたゆまずに続けられているのは、本人の真摯な取り組みと努力はもちろん、中村の俳優&歌手のスタンスが大衆から広く長く支持され続けてきた証拠である。古稀を超えてもますます若々しい永遠の青春スター、中村雅俊の輝かしい50周年に乾杯!
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2024.05.26