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シンガーソングライター小椋佳、話すように歌う「愛燦燦」

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photo:小椋佳倶楽部  

今年の春、音楽評論家の反畑誠一先生のラジオ番組に出演させて頂いた時に、美空ひばりさんの「愛燦燦」が好きだと話す私に、「この曲を作られた本家の小椋佳さんが、“話すように歌う” 愛燦燦もいいですよ。ぜひ聴いてみてください」と教えてくださった。滅多に男性歌手のコンサートには行かない私だが、今年中に必ず観に行きたいと思った。

小椋佳さんは満70歳の古希を迎えた2014年、人生に区切りをつける意味で、NHKホールにて『生前葬コンサート』を開催。文字通り、自らの葬式を自らのステージで行なった。同時に、ラストアルバムを制作し、遺言としてエッセイも出版。本や衣服、創作ノートなどもほとんど処分して、自宅では死に装束の白い作務衣に雪駄で暮らしてきたそうだ。

いつ死んでもいいと覚悟を決めて準備をしてきたそうだが、いまだに生き永らえていることを、余生という新しい人生が始まっていたと解釈し、ならばと『余生あるいは一周忌コンサート』ツアーを全国17か所で展開。余生などとはとても思えないぐらいエネルギッシュだ。

「とんでもありません。体がいうことをきかなくてヨロヨロしています。年間50曲、トータル2000曲以上作ってきて、若い頃は東京~大阪間の新幹線の移動で新曲が1曲できたのに、今は10日もかかる。人間として老衰したようなものです」

―― と小椋さんは言う。

1944年生まれの東京・上野出身。67年に東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に就職。創作の道を模索し、表現者を志したまま銀行マンの道へと進んだ。そしてレコードデビュー。それは社命でアメリカに留学中、結婚もして長男も生まれていた頃だった。

創作活動を精力的に行い、71年に発売した処女作『青春-砂漠の少年-』を皮切りに、数多くの作品を発表。3作目のアルバム『彷徨』が100万枚を超える大ヒットとなり、その人気は不動のものとなった。以来、シンガーソングライターとして活動する傍ら、布施明、中村雅俊、堀内孝雄、美空ひばりら多数のアーティストへ作品を提供。これまでに約300人の歌手に曲を提供した。

代表作の「シクラメンのかほり」「愛燦燦」「夢芝居」「俺たちの旅」他、長きにわたり語り継がれる名曲を生み、日本レコード大賞を受賞したりと輝かしい実績を持つ。

今でこそ、副業・複業が少しずつ認められる時代になってきたが、小椋さんは1970年代から、歌手と銀行家としての活動を四半世紀にわたって両立させてきた。数々のヒット曲を生み出したメロディーメーカーであり作詞家だが、自らもシンガーとして活躍。銀行在職中に紅白歌合戦への初出場も果たしている。

米証券会社メリルリンチに派遣され、新商品を開発してヒットさせ、浜松支店長など要職を歴任。49歳で銀行を退職後は、94年に東京大学法学部に再入学し、大学院修士号を取得。そして音楽活動を本格化させたという凄まじい才能の持ち主で、ビジネスにおいても音楽においても圧倒的な成績を残している。超エリートのスーパーサラリーマンにして、ウルトラシンガーソングライターなのだ。

今までに校歌や社歌を含めると2000曲は発表されているというが、尋常じゃない作品数だ。私も日々、曲を作っているけれど、生きているうちに作れるとは到底思えない数字。音楽活動に専念する前の忙しいサラリーマン時代もあったはずなのに、創作の時間をどうやって捻出していたのだろうか。それでいてクオリティの高い作品を生み出す力、本当に凄いと思う。

小椋さんの作品は、人柄が滲み出るような柔和な歌唱とロマンティックな曲風が特色で、歌詞もとても深くて文学的。タイトルの言葉の選び方も美しいなと思う。同じシンガーソングライターとして学ばせて頂きたいことが沢山ある。

そんな今尚精力的に活動されている小椋佳さんと、8月に開催された富山県の立山山麓音楽祭でご一緒させて頂く機会があった。

野外ライブに出演すること自体ないと言われる小椋さんのステージを、しかも共演という形で間近に観れたことに感激した。ステージの真横で、小椋さんが作詞作曲された「愛燦燦」を生歌で聴くことができて本当に幸せだった。それだけでなく、あの名曲「さらば青春」をステージ上で一緒に歌わせて頂いたことも大切な思い出だ。

昔から大好きで歌ってきた「愛燦燦」
いつの日か、この曲のような名曲を私も書きたいと思う。

それが私の今の目標だ。

2017.09.13
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