2022年 5月18日

神域に達した表現力、玉置浩二はこれからどこに行くのだろう?

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魂の奥底にある一番繊細な部分に触れる玉置浩二の歌


私は玉置浩二のファンではないと思う。新曲を常にチェックしていないし、ライブにも足を運んだことがない。私は気が向いた時にふらっと聞いてみるリスナーに過ぎない。なのに、彼にはいつも泣かされっぱなしだ。

最近も、自宅で作業中、安全地帯の30周年記念のライブビデオ『30th Anniversary Concert Tour Encore “The Saltmoderate Show"』をBGM代わりに流していた。

長年の安全地帯プロデューサーであり、玉置自ら「心の支え」と言う、金子章平が最近亡くなったこと、また今日は会場に80年代の彼らのメインアレンジャーである星勝やキティグループ創業者の多賀英典がいることを告げて「ボードビリアン~哀しみの道化師~」を歌い始めた。

 いつまでも どこまでも
 歩いて行こう
 さざ波がきらめく
 伊豆の海を

本来では「白い砂浜を」の部分を、その日玉置浩二は「伊豆の海」と歌い替えた。

あ、これはキティ伊豆スタジオから見た海のことだと、一瞬で理解した。その瞬間、両目から涙がふきこぼれた。

 いつかまた逢えるなら
 あの船に乗ろう
 喜びも悲しみも
 スーツケースに詰め込んで
 (「ボードビリアン~哀しみの道化師~」作詞・作曲:玉置浩二)

玉置浩二の歌は、時々、私の魂の奥底にある一番繊細な部分に触れ、かきむしる。玉置浩二は歌いながら「泣いていいよ」と言外の言葉で聴き手に伝えるのだ。だから私はいつも赤子のように手放しで泣いてしまう。

しかし私にとって玉置浩二は元々そのようなシンガーではなかった。

無論、84年の「ワインレッドの心」ブレイク以来、「恋の予感」「悲しみにさよなら」など、88年の最初の活動停止までの安全地帯としての一連のヒットシングル群、あるいはソロとしての96年の「田園」のヒットは知っていた。「サザン・ウインド」(中森明菜)「悲しみよこんにちは」(斉藤由貴)などのヒットした提供曲たちも知っていた。

80年代の優れたシンガーソングライターでありヒットメーカー、それが私にとっての玉置浩二であった。もしかしたら、いまでも多くの人にとっては彼はそういう認識なのかもしれない。あるいは、80年代をリアルタイムで知らない人は、恋愛スキャンダルやコンサートのトラブルなどから、お騒がせタレントという認識の人もいるかもしれない(現にそういう若い子が知人にいて驚いたことがある)。

圧倒的名曲「行かないで」で私は失った感情を取り戻した


8年前、私は脳出血を患って、半身不随になった(今は回復している)。その時の私は、リハビリ以外は、映画を観るか、音楽を聴くしかできなかったのだが、それすらもかつてのように楽しいと感じることができなくなっていた。

脳の一部が死滅するということは、四肢が満足に動かせないのはもちろん、感情や思考や意志も欠落するということである。

私の心は、まるで、真っ白な原野だった。何もできない。何もしようと思えない。何が目に映っても、何が耳に響いても、何も心が動かなかった。そこにあるのは、茫漠とした虚無の原野であった。

私はのっぺらぼうの心を抱えて、それでも何かのあがきが心の奥底にはあったのだろう、いままで聴かずにいた様々な音楽を、楽しいとまったく思わないのに、貪るように乱聴していた。

そんな時、私は玉置浩二に出会った。ほんとうの意味で彼に出会った。

―― 歌は「行かないで」だった。

1989年作品、フジテレビ系のスペシャルドラマ『さよなら李香蘭』(主演:沢口靖子)の主題歌としてリリースされ、中華圏では「李香蘭」のタイトルで大ヒットし、スタンダードナンバーと化したこの曲、日本では大きなヒットとはならなかったため、私はそれまで知らなかった。

 なにもみえない なにも
 ずっと泣いてた
 だけど悲しいんじゃない
 あたたかいあなたに
 ふれたのが うれしくて
 (「行かないで」作詞:松井五郎 / 作曲:玉置浩二)

冒頭の歌詞が当時の私にシンクロしたからだろうか。聞いた瞬間、あらゆる感情が、わたしの体中に、押し寄せた。愛、悲しみ、温かみ、生きることの辛さ、宿命、追想、さまざまなものが駆け巡った。

気がつくと、泣いていた。泣いてはじめて、病気以来泣くという感情を忘れていたことに気づいた。そして私の心の空白の原野に、何かが色づき、何かの明りが灯ったのがわかった。

心の深いところに浸透する、勇気の言葉


それからしばらく私は玉置浩二の歌を聴き倒した。

「氷点」「コール」「SACRED LOVE」「メロディー」… なにも作為のないシンプルなメロディーとシンプルな歌詞、彼のバラードのほとんどが私の心の深いところに浸透した。

アルバム『カリント工場の煙突の上に』はすべてが素晴らしい。「青い“なす”畑」はいまだに何回聴いても泣いてしまう。カバーもセルフカバーもいい、「みんな夢の中」「男はつらいよ」「夢だけ見てる」「嘲笑」「ホームレス」……。

いま私が一番愛する彼の作品は「清く 正しく 美しく」(2011年作品)だ。この10分弱におよぶ大曲を、説明すると大切ななにかが消えてしまいそうで、私はうまく説明できない。ただ聴いてほしいとしか言えない。いま苦境にある人、過去に挫折を経験したことがある人はきっとなにかを感じるだろう。歌中の「足を半歩前に出せ 必ず誰かが見てるから」は今の私の勇気の言葉だ。

90年代前半、心を患い迎えたターニングポイント


90年代前半、玉置浩二は心の病をわずらう(躁うつ病とも統合失調症ともいわれている)。これがアーティストとしてのターニングポイントとなった。玉置浩二はこの時、自らのテクニックを捨て、心の仮面を捨てた。そして、常に大衆の心を鷲掴みにするヒットメーカーとしての立場も捨てた。

以来、彼は自分の弱さや愚かさを見つめ、受け止め、素顔のまま、ありのままにさらけ出し、表現するようになった。アルバムで言えば『あこがれ』、『カリント工場の煙突の上に』の頃だ。

当時のことはリアルタイムで覚えている。特にファンでもない私は、なんだか玉置浩二が変わって面白くなくなったと思った。売上も下がった。しかし、いま振り返ればそれは偉大なる転向だった。

売れる、儲かる、目立つ、ちやほやされる、褒められるなどの我欲や凡俗のためではない、なにか大いなる者へ祈りを捧げるように、あるいはその逆、弱く愚かで、名もなき砂粒のような存在を愛おしむかのように、彼は歌うようになっていった。彼は歌うことで自らを、そして聴衆をも救済しようとしているように私には見えた。

もとより圧倒的な歌唱力と作曲センスを持ち得た彼が、自らの内的必然のため、あるいは宿命的ななにかのため、世俗的成功を捨て、はるか高みへと一歩ずつ登っていく。その姿は、私の最も愛するシンガーである中森明菜にもどこか重なる。

神域に達した玉置浩二の表現力。2022年、「星路(みち)」をリリース


玉置浩二は、いまも表現者として成長し続けている。

2015年以来ほぼ半年に一度のペースでNHK・BSプレミアムで放送されている『玉置浩二ショー』。歌を愛していて、この番組を観たことがないという方がもしいるのなら、ぜひ視聴を勧める。

番組中で、玉置浩二はさまざまなアーティストとコラボしながら、オリジナル・カバー・有名・無名の区別なしに歌うのだが、彼の現在の音楽力が圧倒的であることが否応なしに理解できるはずだ。

彼の手にかかると、すべての音楽たちが輝き出す。オリジナル楽曲は、かつてのスタジオ録音よりも、番組での歌唱のほうが断然に、比較にならないレベルで素晴らしい。

玉置浩二は、全身を楽器のようにして音を響かせながら、今の自分の魂をそのまま表現としてぶつけてくる。その姿勢に、「この歌は、こういう意味だったんだ。こんなにも素晴らしかったんだ。今の玉置浩二ってここまで歌えるんだ」と、目からウロコは何枚も落ちるし、身体は何度も震える。

カバーにおける歌の咀嚼力、コラボ時の他アーティストへのエスコートの仕方も尋常ではない。暖かく、優しく、音楽に対する理解と愛に満ちた玉置浩二のリードによって、コラボアーティストがどんどん光り輝いていく、そんな音楽の奇跡が、この番組においてはまるで日常の風景として、転がっている。

2015年以来、定期的に開催している『シンフォニックコンサート』もできれば味わってほしい。NHK・BSプレミアムやテレビ東京系で何度かテレビ放送され、最近ようや2021年公演が音楽アイテムとしてリリースされた(『billboard classics PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2021』)が、これも玉置浩二の今の「歌の神様」ぶりが端的に味わえるはずだ。

新曲「星路(みち)」を聴いた。歌いはじめ、鳥肌が立った。名もなきもの、小さきものへの慈しみと、大いなるものへの祈りを感じさせる、玉置浩二だから表現できる世界がここにもあった。映画『大河への道』への主題歌だという。映画を観たら、この曲の輪郭がもっとくっきり見えるかもしれない。

既に還暦を超えた玉置浩二は、これからどこに行くのだろう。新曲を聴いて、星に導かれるままに歌のはてなき路を登り続ける彼のことを、ふと私は想った。星路をゆくのは、きっと映画の主人公達でもあり、私達でもあり、玉置浩二自身でもあるのだろう。

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2022.06.03
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