11月21日

映画「私をスキーに連れてって」はクリスマスイブからバレンタインデーまでの物語!

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王道の娯楽映画「私をスキーに連れてって」


映画『私をスキーに連れてって』は、クリスマス・イブから、バレンタインデーまでの2ヶ月弱の物語である。

―― と書くと、純粋なボーイ・ミーツ・ガールのラブストーリーに聴こえるが、そう単純な話でもない。同映画は、日本では珍しいスキー映画であり、フジテレビのトレンディドラマの元ネタになった金字塔でもあり、『007』シリーズなみのアクション映画であり、タイムサスペンスであり、サラリーマン映画であり、そして青春群像劇である。

まぁ、ようするに娯楽映画だ。かつて「日本映画の父」こと牧野省三は、映画の三原則を「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」と表現した。スジとは脚本、ヌケとは画面映え、動作とは役者の演技や殺陣(たて)などの見せ場を指す。それに沿うと、『私をスキーに連れてって』は、脚本はエスプリが効いて面白く、白銀の世界は雄大で画面映えし、舞台育ちの役者たちの演技は上手く、且つスキーやカーアクションなどの見せ場も豊富―― 紛うことなき王道の娯楽映画である。

タイトルは二転、三転した。企画書にはユーミンの曲名から「スキー天国」と題され、脚本の一色伸幸サンは初校に「26歳たち」と仮タイトルを添付した。フジテレビは映画化にあたり「白い恋人たち’88」と名付け、長らくそれで準備が進んだ。「私をスキーに連れてって」はクランクイン直前にフジテレビの石原隆サンが思いついて馬場康夫監督に電話したところ「面白い」と快諾されて決まった。元ネタはバスビー・バークレイ監督のミュージカル映画『私を野球に連れてって』である。



以前、僕はこのリマインダーに『松任谷由実の名曲と『私をスキーに連れてって』映画の半分は音楽でできている!』と題したコラムを書いた。それは映画にとって音楽がいかに重要かの視点に立ち、同映画とユーミンとの深い関わりを説いたもの。だが、大晦日から新年を迎えるシーン―― 5時間かけて万座から志賀へクルマを走らせた矢野(三上博史)が優(原田知世)と再会するところ―― つまり、前半部で終わっていた。

リアルな体験に基づいたディテールへのこだわり


そこで、本コラムでは、先のコラムで描き切れなかった、クライマックスのバレンタインデーへと至る後半部も含めた話を展開する。そして、同映画が今も語り継がれる名画になった背景として、映画の半分が音楽なら、本コラムでは、残りの半分にも光を当てる。それ即ち、先にも述べた牧野省三の「映画の三原則」――「1スジ(脚本)、2ヌケ(画面映え)、3ドウサ(演技&アクション)」である。

映画『私をスキーに連れてって』(以下、ワタスキ)のアイデアは、馬場康夫監督を中心に、成蹊小学校時代の仲間で結成された「ホイチョイ」(メンバーのほとんどは中学・高校・大学とエスカレーター式に16年間、机を並べた仲である)が昔から温めていたネタである。即ち、志賀―万座ツアーコース直線2キロのアイデアは、彼らの実体験(詳細は控えるが)がベースになっている。

要は私立の一貫教育のいいとこのおぼっちゃん、お嬢ちゃんたちが毎シーズン、スタッドレスタイヤを履いた四駆でスキーに出かけ、アマチュア無線(ハム)で連絡を取り合ったり、ロッヂにカクテルを作る道具を持ち込んだり、スキー場でトレイン走行したり―― といった遊びの数々は全て彼ら自身がネタ元である。よくワタスキはバブル映画と言われがちだけど、ホイチョイの仲間たちはバブルのずっと前から同じスタイルで遊んでおり、いわゆるバブル成金とは違う。昔から彼らが興じていた遊びに、80年代後半、やっと時代が追い付いたと見るのが正しい。

実際、ワタスキがそれまでの日本映画と最も異なっていた部分は、リアルな体験に基づいたディテールへのこだわりだった。馬場監督は雪道でクルマがスタック(雪にタイヤがハマり、抜け出せなくなる状態)した際に、タイヤをジャッキアップして、手前に倒して抜けだす裏ワザをさりげなく見せたり、スキー板から靴を外す際も上級者がよくやる手として、ビンディング(板と靴を接続する器具)の解放値をあらかじめ緩めておいて、靴を左右に揺らしてカッコよく外して見せたり―― と、徹底していた。そんな日本映画はかつてなかった。



面白い話がある。クランクインから間もない日、あるシーンを撮り終えた布施博サン(彼は、ミュージカル劇団「ミスタースリムカンパニー」出身で、倉本聰に見出された実力派である)が馬場監督のもとにやってきた。「今の演技、どうでしたか?」―― その時、馬場監督は布施サンが手に持つ無線機をひたすらアップで撮っていたという。監督が答えに窮したのは言うまでもない。

だが、そんな道具や遊びのディテールに徹底的にこだわったおかげで、ワタスキは、今も語り継がれる映画になった。よく言われる「優れた映画は1つの大きな嘘と、99のリアリティで成り立っている」とは、そういうこと。クリスマスイブにスキー場で出会った一組の男女が、バレンタインデーにハッピーエンドを迎えるには、嘘偽りのない膨大な舞台装置とアクションが必要だった。

“偶然は1回だけ許される” という暗黙のルール


古今東西、優れた映画は三幕構成に当てはまると言われる。ハリウッドの脚本家のシド・フィールドが体系化した脚本メソッドで、三幕とは「設定」「葛藤」「解決」を指す。そしてワタスキが、まさにこの法則にピタリと合致する。

三幕構成を上映時間98分のワタスキに単純に当てはめると、ざっくり第一幕(30分)―第二幕(40分)―第三幕(30分)になる。フィールドによると、第一幕「設定」のアタマ10分ごろにインサイティング・インシデント(ツカミの事件)が起きて、物語が動き始めるという。これがワタスキだと、開始10分、まさにゲレンデで優が指鉄砲をバーンとやると矢野が倒れ、2人が出会う。

次にフィールドは、第一幕の終盤、主人公の身に「ファースト・ターニングポイント」が訪れ、物語は第二幕へ進むと説く。実際、ワタスキでは開始28分―― 恭世(鳥越マリ)の「ウソの番号を教えた?」の問いに、優「だって電話してほしくないもん。普通、彼女がいる前で他の子ナンパする?」と、つれない返事。この瞬間、矢野と優の行く末に暗雲が立ち込める。

第二幕「葛藤」は、物語が大きく動き出すパートである。実際、ワタスキでも笑いどころや物語の肝になる伏線は、大体ここ。たまり場の「Zephyr-Inn」(当時、代々木に本当にありました)で矢野が優に教えてもらった番号にかけたところ、使われてない番号に落ち込んだり、そんな矢野を励まそうと、泉(布施博)が「聖心のユミちゃんを紹介する」と電話したのが手術室からだったり、二度と会えないと思っていた優と、役員室で奇跡の再会を果たしたり――。

ちなみに、映画界には、“偶然は1回だけ許される” という暗黙のルールがあり、ワタスキがその切り札を使ったのが、この場面だった。そして、再び希望の灯が点った矢野が、優とくっつくか否かを賭ける泉ら4人。この時、小杉(沖田浩之)が放つ台詞がなかなかいい。「馬券買わないで競馬見たって、ただの家畜のかけっこだからな(笑)」――。

そんな中、この第二幕で重要な台詞が登場する。会社帰りの優を強引にクルマに誘った真理子(原田貴和子)が優から「矢野さんって、どういう人なんですか?」と聞かれ、思わず吐露したエピソードである。

「中学のころさぁ、矢野クン、同級生のコから手編みのセーターもらったのに、いやぁ、服代助かっちゃった~って、それだけ。そのコ、本気でホレてたんだ。…… 野暮よ! 野暮」

さて―― フィールドによると、この第二幕は大きく前半と後半に分けられるという。その中間点がミッドポイント。ここで衝撃的な出来事が起きて、物語が正反対に転換するらしい。これをワタスキに当てはめると、第二幕が始まってちょうど真ん中のタイミングで、矢野は5時間かけて雪の中を万座から志賀へクルマを走らせ、優と感動の再会を果たす。誤解が解け、笑顔で矢野に新年の挨拶をする優――。

”ワタスキ” の「セカンド・ターニングポイント」とは?


年が明けて、2人は付き合い始める。しかし、カップルらしいデートができたのは最初だけ。矢野は他部署ながら、スポーツ部の田山さん(田中邦衛)を慕い、来たるバレンタインデーに万座で開催される自社のスキーブランド「SALLOT(サロット)」の発表会に向けて、連日、アフターファイブはそちらの仕事を手伝うようになった。一方、3日連続でデートをすっぽかされた優は、天を見上げ、自分のこめかみに向けて指鉄砲の引き金を引く。

ある日、Zephyr-Innから電話をかけると、またもやデートのキャンセルを知らされる優。そこに、恋人の小杉と共に居合わせた真理子は「やさしくないんだよなー」と嘆きつつ、またも優に昔話を始める。これも重要な台詞だ。

「中学のころ、同級生がケーキ焼いてあげたんだ、あのバカに。ドキドキしながら渡したら、なんて言ったと思う?」
「……食費、助かっちゃった」

笑い転げる小杉。「大分、馴染んできたね」―― やさしく優の肩に手を回す真理子。

フィールドによると、この第二幕の最後、主人公の身に決定的な事件が起きて、次の第三幕「解決」に舞台が移るという。それが「セカンド・ターニングポイント」。物語における最大のピンチであり、ここから怒涛のクライマックスが始まる。実際、ワタスキも残り30分を切ったタイミングで、志賀のスキー場へ一本の電話が入る。山向こうにいる矢野の代わりに電話に出る優。そこで彼女は、衝撃の事実を知らされる。

「もしもし、秘書課の池上です」
「あ、池上クン、SALLOTが大変なんだよ!」

発送のミス(もっとも、SALLOTを快く思わない竹中直人サン演じるスポーツ部の所崎の仕業だが)で、万座の発表会の会場に、SALLOTのウェアが一つもないという。遅くとも7時までに、優たちが身に着けているサロットを一着でも届けてほしいと。しかし、クルマでも5時間かかるのに、タイムリミットまで2時間半しかない――。

真理子にクルマのキーを借りる優。しかし、事情を知って「私たちのほうが慣れてる」と、代わりにヒロコ(高橋ひとみ)と2人でセリカGT-FOURに乗り込む真理子。ここで、ヒロコの言葉から、あの昔話の真相が明らかになる。

「セーターは半年がかり、ケーキは火傷だらけだったもんねぇ」

その瞬間、先の中学時代の話は、真理子自身の体験談だったと気づく優。チロリと舌を出すヒロコ。

「真理子さん……」

真理子は優の顔を見ると、笑顔でこう言い放った。

「おんな26、いろいろあるわ!」

走りだすセリカ。5メートルほど進んで一旦止まる。両側のドアが開き、雪を掴む真理子とヒロコ。そして笑顔で――「凍ってるね」

ここから先は、タイムサスペンスである。果たして彼女たちは、時間内にウェアを届けることができるのか。かくして、珠玉のカーアクションが始まる。渋滞する雪壁の道をジャンプして飛び越えたり、雪原をドリフトしながら滑走したり、ゲレンデを横切ったりと、まるで映画『007』シリーズさながらのカーアクションが展開される。

一方――

ホテルのロビーに戻った優は、壁にかかった地図を見て、志賀―万座をショートカットできるツアーコースの存在に気づく。そしてひとり、つたない滑りながらも、禁断のコースに挑む。その後、遅れてホテルに戻った矢野も、優からの伝言を読み、急いで彼女の後を追う――。

ここで、観客には、真理子・ヒロコのセリカチームと、矢野・優のツアーコースチームの2つのルートが提示される。これ、“クライマックスにおけるWストーリー”なる映画テクニックのひとつ。ユーミンの「BLIZZARD」を劇伴に、双方がカットバックで描かれるシーンは、ゾクゾクするほどカッコいい。



実は、このWストーリーの肝は、どちらかひとつを早々に打ち消し、観客にその存在を忘れさせることにある。実際、セリカチームは、奮闘むなしく雪壁に体制を崩して、横転―― 天地逆さになったキャビンから這い出た真理子とヒロコは、クルマの横っ腹を蹴って悔しがる。

一方のツアーコースチーム―― 急斜面で転倒し、スキー板が外れた優のもとへ、ようやく矢野が追い付く。「内足のクセ、直せと言ったろ」―― そこから2人は並走するが、ボーゲンの優と一緒では、矢野もペースを上げられない。そうこうするうち、あたりは段々暗く、時間は刻一刻と過ぎ―― このタイムサスペンスは、もはやラブストーリーどころじゃなくなる。

ひとりの男が、ちゃんと御礼を言えるようになるまでの物語


そこから、話は二転、三転して、後からライトを背負った泉と小杉も合流して、4人は一路、万座へ――。

未見の方のために結末は伏せておくが、1つだけバレンタイン絡みのネタを。途中、コースを外れた2人がビバークしようとした際、矢野の「せめて、食べるものでも持ってくればよかったなぁ」の声に、ポケットからチョコレートを差し出す優。あのシーン、僕らは真理子の中学時代のエピソードを思い出し、ここで矢野が「助かったァ」と、禁断の言葉を口にしないかとハラハラした。幸い、この時は泉からの無線が入り、チョコレートは忘れられた。

そして、ラスト―― 再び、ポケットからチョコレートを取り出し、矢野に差し出す優。今度は笑顔で受け取る矢野。そして――「ありがとう」。ホッと胸をなでおろし、笑顔を見せる優。真理子を見ると、彼女も笑顔で頷いている。

そう、ワタスキとは、女の子からプレゼントをもらったひとりの男が、ちゃんと御礼を言えるようになるまでの物語である。ハッピー・バレンタイン。

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2023.02.14
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カタリベ
1967年生まれ
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