スキーとクルマとカーステレオ、そしてユーミン
高校卒業(1985年)と同時に自動車免許を取得してからというもの、グングンと行動範囲が広がった僕は、友人たちと一緒に海へ山へと車を走らせるようになっていた。ただ、道具もお金も必要なスキーは、僕にとって特別な大人の遊びという位置づけで「ちょっと無理だなぁ…」と感じていたことは否めない。
だが一度友人に誘われ、意を決して滑りに行ったところその面白さにハマってしまったのだ。そして、1シーズンに何度もスキーへ行くならレンタルするより買った方が安上がりだと、ATOMIC のスキー板やウェアなど一式をアルペンで奮発して買い揃えたのが1986年シーズンのこと。そこから僕のスキー三昧な日々が始まるのだった。
…ということで、今回はスキーへ行く道中カーステレオで聴いていたユーミンの「Valentine’s RADIO」を絡めてスキーの思い出を語ってみたいと思う。
スキーといえば外せない!「私をスキーに連れてって」挿入歌
さて、スキーと言えば絶対に外せないという大ヒット映画『私をスキーに連れてって』(1987年11月公開)。この映画の冒頭、矢野(三上博史)が仕事を早々に切り上げて深夜に車でスキー場へ向かうシーンがあって、僕がスキーに行くときもまさしくあの姿そのものであった。
映画は、矢野がカーステレオにカセットを滑り込ませると「サーフ天国、スキー天国」が流れはじめ、それに合わせて車のヘッドライトを点灯、発進するという小洒落たオープニングだ。
僕もスキーに行きはじめた頃は、この一連の動作を真似して自分の雰囲気を盛り上げたものだった。カーステレオに関しては、まだまだカセットテープが主流の時代… 現地までのドライブが快適になるように、購入(もしくはレンタル)したCDからその時々のシチュエーションに合わせたオリジナルカセットを自作して、DJ さながら自分だけの空間作りに精を出していた。80年代後半ってそんな時代だったよね。
僕の作るオリジルカセット “スキー編” は、「サーフ天国、スキー天国」の他にも「恋人がサンタクロース」とか「BLIZZARD」とかユーミンの冬っぽい曲をメインに、その時流行っていた歌謡曲、CMで話題の曲などを織り交ぜて作っていた。もちろんスキー場までのおおよその時間をカバーできるよう90分テープ2本を用意する念の入れようである。今にして思えば、この時間も楽しかった。
90年シーズンからの定番は、松任谷由実「Valentine’s RADIO」
そんな僕のオリジナルカセットも、アルバム『LOVE WARS』(1989年11月)が発売された1990年シーズンから「Valentine’s RADIO」が定番の1曲目になった。
同時期にアルペンのCMソングとして流行った GO-BANG'S「あいにきて I・NEED・YOU!」(1989年12月)と熾烈な争いをした結果である。それは同じくアルペンのCMソングにしてウインターソングの定番ともいわれた広瀬香美「ロマンスの神様」(1993年12月)がヒットしてからも、その定位置を譲ることはなかった。
何故って… それは僕の中で「さあ、これからスキーに行くぞ!」という雰囲気が、断然「Valentine’s RADIO」だったのだから仕方ない。それに、松任谷正隆アレンジがドライブ心をくすぐるのだ。
「Valentine’s RADIO」は1989年11月にリリースされた松任谷由実21枚目のオリジナルアルバム『LOVE WARS』の出だしを飾るポップナンバーだ。
アルバム『LOVE WARS』は、直訳すると “愛の戦争” で、アルバムテーマは “恋の任侠” 。何やらただ事じゃなさそうな雰囲気を漂わせているけれど、“女性から男性へ想いを伝える” ことに重きを置いてきたユーミンの真骨頂を感じさせる楽曲の数々が収められている。ユーミン純愛三部作の終章に相応しいアルバムだ。
中でもこのオープニング曲「Valentine’s RADIO」は、女性から男性へ想いを伝える象徴的なイベント “バレンタインデー” をモチーフにしている。その意味合いをラジオという媒体を通して届けようというお洒落な発想が、実にユーミンらしい。
歌詞の切なさは「オールナイト・ニッポン」のリスナーから?
このアルバムをリリースする前年、ユーミンは『オールナイト・ニッポン』土曜第一部のパーソナリティーを始めていて、その経験がこの曲の題材になっているという。たまらない切なさを感じさせる歌詞は、リスナーからのお悩み相談などもネタになっているかもしれない。
見えない気持ちが 見えない空を飛び
あなたに届くの On the RADIO
寝静まる街を遥かに見下ろし
ジグザグの雲間を
星屑みたいに散らばってるチューナー
あなたのはどれかすぐわかる
この歌詞の雰囲気に既視感があると思ったら、荒井由実時代の『MISSLIM』(1974年)に納められている「魔法の鏡」に、同じテイストの歌詞があることを思い出した。
魔法の鏡を持っていたら
あなたのくらし映してみたい
もしもブルーにしていたなら
偶然そうに電話をするわ
近くにいても、理由があって離れていても、気持ちはいつでもあなたのそばにある。そういう “乙女心の切なさ” とは、時代を超えて今も昔も永遠に続いてゆくものであって “もしもこうだったらいいな” っていうシチュエーションを、聴く人の心に映像のごとく表現してしまうユーミンの詩の世界は真に圧巻である。
ポップセンス溢れる松任谷正隆の3Dアレンジ
その「Valentine’s RADIO」のアレンジが絶妙だ。イントロからラジオの電波が大空を舞っているような浮遊感あるアルトサックスのフレーズとブラスの音色。合いの手のように小刻みに入れるエレクトリックピアノのフレーズは、まるでモールス信号のように電波を飛ばしている表現。
リフレインするメロディーとリズムアレンジは、電波(想い)を発信する側とエアチェックして電波を受け取る側の表現だし、途中リズムをハーフタイムにして分散和音(アルペジオ)を入れる部分も… 何もかも全て引っくるめて松任谷正隆のポップセンス溢れる3Dアレンジがキマっている。この辺りに注意して聴いていただくと、より一層イメージが膨らむと思うので、ぜひともお試しを。
苗場復路の関越絶景、目に飛び込んでくるマジックアワーの街並み
僕が足繁く通ったのは新潟にある苗場スキー場だけれど、ここは毎年ユーミンが『SURF&SNOW in Naeba』を開催する苗場プリンスホテルがあるところ。
ちょっと大人の方はホテルに宿泊してスキーライフを満喫していたけようだけれど、僕らは日帰りで通い、リフト1日券を買い早朝5時から12時まで滑っていた。そしてそのリフト券を午後から来た人に譲り、誰もが一度はお世話になるカレー屋(何故かこのカレー屋の中を通らないとホテル内を移動できない不思議… 20年以上経って改善されたかな?)でカレーを食べて、明るいうちに地元へ帰るのが常であった。
その帰りの関越自動車道の景色が絶景だった。赤城高原 SA を抜けて渋川伊香保 IC 手前の緩やかな下りから前橋市の街並みが目に飛び込んでくるマジックアワーの夕景が素晴らしい。それを観たいがために僕らはわざわざ時間を調整して高速道路に乗ったほど。
飛行機を操縦したことはないけれど、まるで飛行機が滑走路に降り立つ雰囲気を味わえるのだ。ユーミンの曲「中央フリーウェイ」(1976年『14番目の月』より)の歌詞に出てくる「♪ まるで滑走路~」の疑似体験とでも言おうか…。そして、このワンシーンは「Valentine’s RADIO」の最初の歌詞、「♪ 寝静まる街を遥かに見下ろし~」のイメージそのものでもあるということを最後に付け加えておきたい。
2020.02.09