歌声と楽曲の相性が抜群! もっともアイドルらしいアイドル堀ちえみ
1982年にデビューした “花の1982年組” のアイドルの中で、ほんわかした少女キャラを一定期間キープし続けた堀ちえみは、もっともアイドルらしいアイドルだったと今さらながら思う。幼さが残る清純路線を地でゆくルックスとハスキーぎみの甘い声は、純情な少女の内面を歌うファンシーな楽曲との相性が抜群だった。同期のアイドルたちがデビュー2年目以降にイメチェンして変化を見せるなか、堀ちえみは初期設定のキャラを貫き、魅力を増してゆく。キャラ設定については、カタリベのKARL南澤さんが
『永遠不滅のアイドル王道、潮騒に戯れ素足ではしゃぐ…堀ちえみデビュー!』を参照されたい。
しかし、少女キャラを保ちつつも、本人の成長とともに歌声は変化した。デビュー曲の「潮風の少女」から3枚目シングル「待ちぼうけ」までは、幼さが残るあどけない少女の声。これが4枚目シングル「とまどいの週末」では、危険な胸騒ぎがする歌詞に合わせるように声にも緊張が生まれ、幼さが引っ込む。次の5枚目「さよならの物語」は失恋ソングだが、声には意志がこもり、独特の甘い歌声(聖子風に言えばキャンディボイス)が確立する。
この「さよならの物語」は18.7万枚を売り上げて堀ちえみ最大のヒット曲となり、『ザ・ベストテン』にも初ランクイン。アイドルとしてブレイクする。17才になった1984年からは、当時活躍していた林哲司、芹澤廣明、三浦徳子、康珍化、萩田光雄らを制作陣に迎え、声の魅力が堪能できるシングル曲を連発。7月発売の「東京Sugar Town」はオリコン3位。10月発売の「クレイジーラブ」はオリコン2位まで上昇し、『紅白歌合戦』への初出場も決める。主演ドラマ『スチュワーデス物語』の大ヒットでファン層も広がり、デビュー3年目にしてアイドルの絶頂期を迎えていた。
編曲は萩田光雄、レトロな演奏が堀ちえみの甘い歌声にマッチ
… と前置きが長くなったが、今回は、堀ちえみの絶頂期を彩る珠玉のシングル曲から、1985年1月に発売された「リ・ボ・ン」の魅力を語りたい。この曲では甘い声が際立っているのと、堀ちえみにとって転換点になったと思うからだ。
堀ちえみが18才を迎える直前に発売された「リ・ボ・ン」は、まず萩田光雄による編曲が素晴らしい。グループサウンズを彷彿させるエレキギターがイントロからラストまで “じゃららん” と鳴り響き、メロディーに彩りを添えている。このレトロな演奏が、堀ちえみの健気で甘い歌声とマッチする。グループサウンズを意識したバックコーラスの効果もあり、甘さが増幅して聴こえるのだ。
著書『ヒット曲の料理人 編曲家 萩田光雄の時代』によれば、萩田光雄は学生時代にギターを演奏した経験があり、1960年代に人気があったベンチャーズ(米国のバンドグループ)を、よく聴いていたらしい。当初「リ・ボ・ン」はアルバムの候補曲だったが、面白くしようとグループサウンズ風のアレンジにしたら、それが受けてシングルへ昇格したそうだ。
このギターによる特徴的なアレンジは、堀ちえみのシングル曲で度々使われている。どんでん返しの歌詞で知られる「待ちぼうけ」では、自分の失敗に気づく直前の間奏で流され、一変する少女の心がギターの音色で表現される。また「さよならの物語」の出だしのサビ直後の間奏でも、失恋した少女の切なさがギターで奏でられる。そして「リ・ボ・ン」でも、少女の切ない心がギターの音色で伝わってくるのだ。
謝る気持ちと嫉妬の心、ギターの旋律に乗せた甘い声の魅力
この曲は、少女が恋人に嫉妬して言い過ぎたことを反省する歌だ。歌詞の中で恋人の男性は、少女から「もう逢いたくない」と言われて泣いてしまう。回転扉(これもレトロだ!)の向こうで泣く男性を見た少女は、「男の人も泣くのね なんだか私 意地悪よ…」と思い、自分の不用意な一言が恋人を傷つけたと自覚する。そして、心のなかで「ごめんね」と謝るのだ。この、女性が男性を泣かせたことに謝るという設定が、何ともいじましい。普通ならば恋人が謝るまで許さないか、泣くなんて女々しいと思うはずだ。しかも、どちらかと言えば男性にリードされる従順な少女を歌ってきた堀ちえみに「男の人も泣くのね」と歌わせるあたりも憎い。
しかし、謝って終わりではない。サビでは愛情が高じすぎたのか、「あの娘がくれた ハンカチなんか 今この場所で捨てちゃって…」と嫉妬心が復活するのだ。この忙しく変化する心境も面白く、何より可愛い。この歌詞を、ギターの旋律に乗せて甘い声で歌っている点が、この曲の最大の魅力だと思う。特に「ごめんね」と、Aメロで主旋律から半音上がる部分―― 「♪ 回転扉の向こう~」の “と” のインパクトは絶大だ。今聴いても心がくすぐられて、声の魅力というか魔力を感じる。
ちなみに、2010年代に武藤彩未や三上悠亜といった現役アイドルが「リ・ボ・ン」をカバーするが、歌い方がどこか直球で、本家の甘い歌唱には到底かなわないと感じた。そして昨年は、舌がんの難手術を成功させた堀ちえみが24時間テレビに出演し、「リ・ボ・ン」を披露した。歌い終わり泣き崩れた時はさすがに感動したが、改めて良い曲だなと、しみじみ感じた。
アイドルの魅力を存分に発揮した最後のシングル「リ・ボ・ン」
この「リ・ボ・ン」はオリコンチャートで前作と同じ2位を獲得し、15.3万枚のヒットを記録する。しかし、ロック調の楽曲に挑戦した次のシングル「Deadend Street GIRL」の売上は10万枚へ減少。以降も、さまざまなタイプの楽曲に挑戦するが人気は低迷し、回復には至らなかった。
折しも時代は、80年代アイドルが新旧交代する1985年に突入し、勢力図が塗り替わろうとしていた。この「リ・ボ・ン」は2月7日の『ザ・ベストテン』に8位でランクインするが、ひとつ上の7位は岡田有希子の「二人だけのセレモニー」。既に新旧交代が起きていた。そして、「さよならの物語」から続いていた『ザ・ベストテン』入りも、「リ・ボ・ン」を最後に途切れてしまう。
一方、堀ちえみも18才になり、少女から大人の女性の声に変わりつつあった。年齢と声質の変化を感じた制作陣は大人楽曲を用意してイメチェンを図るも、残念ながら成功しなかった。声の変化は、今度は魅力に結びつかなかったのだ。その意味でも「リ・ボ・ン」は、アイドルの魅力を存分に発揮できた最後のシングル曲だったと思うのだ。
2021.01.23