5年間に10枚のオリジナルアルバムをリリースした堀ちえみ
1982年から1987年――堀ちえみは、アイドルとしてドラマ、バラエティ、CMと大活躍だったが、これに並行してこの5年間は、堀がアルバムアーティストとして試行錯誤を重ね熟成していった密度の濃い5年間だったと言えるだろう。
堀はこの5年間に10枚のオリジナルアルバムをリリースした。1年に2枚というハイペースだ。それぞれのアルバムの素晴らしさは、今回「40周年アニバーサリー CD/DVD-BOX」のリリースとストリーミング全曲配信を記念して
リマインダーで特集している一連のアルバムについて書かれたコラムを読めばよく分かる。
80年代、アイドルとアーティストを隔てるイメージの壁は高かった。アイドルの楽曲は、当人のキャラクターとチャートアクションが先行して語られ、楽曲のクオリティについて語られる場面は少なかったと思う。それが昨今のシティポップブームにより、イメージの壁は取り払われ、純粋に楽曲のクオリティの高さが語られるようになった。
“音の匠” であるミュージシャンが集結し、主役であるアイドルの個性や表現力をどこまで昇華させるか、また、当人は、こういった音のクオリティと真摯に向き合い、アルバムの中で自身のキャラクターを際立たせ、作品として遜色のないものを作り上げなくてはいけない。このような真剣勝負の中で今聴くべき、語るべき作品が作り上げられてきた。
―― 堀ちえみ、引退前のラストアルバムとなる『スカーレット白書』も例外ではない。
自身の集大成となるべき特別に気持ちの込められたアルバム
アルバムジャケットに目をやると、タイトルにあるスカーレット(紅)という色に相反する真っ白な服で佇む堀のジャケットが印象的だ。そして、このコントラストがアルバムの奥深さを語っているようにも思える。
アルバム全体の印象は壮大で奥深く、ポジティブだ。1曲目「紅(スカーレット)白書」から3曲目の「Lazy Moon」までハードロックのテイストも垣間見せながら重厚なミディアムナンバーが続く。重厚でありながら流行に左右されるものではない普遍性が潜んでいる。この時、堀自身が自分のラストアルバムだということを覚悟していたからだろうか。そんな自身の集大成となるべき特別に気持ちの込められたアルバムーー そんな風にも感じられる。
堀のシンガー、表現者としての力量も明確だ。リリックのひとつひとつを噛み締め、メロディ、アレンジに対し、どのようにアウトプットすれば、聴き手の心の奥に響くのかという点についても熟考しているように感じる。
そして、4曲目「狙撃手のカイエ」はジューシィ・フルーツでも活躍した沖山優司がメロディを手掛ける。レゲエフィーリングを兼ね備えたメロディは、普通だったら、アルバムの中ではチルアウトする場面だが、堀のささやくような歌い方がメロディ、アレンジと一体化し、アルバムの奥深さを一層際立たせる。そして、当時だったらレコードA面5曲目、つまりラストを飾る、幻想的でシンフォニックな「アリスの眠り」へと続く。とにかく隙がないアルバムなのだ。
ファンへのメッセージとしても受け止められる「Smile」
アルバムがレコードからCDへと移行するまで、優れた作品はA面、B面ごとに、それぞれの “物語” が確立されていた。この『スカーレット白書』でいうとA面の5曲目「アリスの眠り」が終わると、ターンテーブルの針が戻り、周囲を静粛が支配する。その時の余韻もレコードの醍醐味であるのだが、本作では、そういった部分にまで注力して制作されたものだと思わずにいられない。
そして、レコードだったらB面の1曲目となる6曲目の「Smile」では世界観が一変する。それは “スカーレット白書第2章” と言っても過言ではないだろう。
涙をふいて 笑ってみせて
あなたの宝物 みつけて
つらいときに がんばれそうな
夢見るちから 信じて
―― と、ファンに向けてのメッセージとも受け止められるリリックを手掛けたのは松井五郎。メロディは浜田省吾に長きに渡るパートナーとしても知られるギタリストの町支寛二。痛快なロックンロールナンバーでありながら、堀の一点の曇がない当時の心情が全編から溢れ出るような歌い方が極めて印象的な1曲だ。
堀ちえみ自身が作詞を手掛けた「Faraway」
このB面には、プロデューサーの渡辺有三が、小室哲哉に直々にオファーし、堀のラストシングルとなった「愛を今信じていたい」、そして同じく小室作品で、シングルのB面曲となり堀自身が作詞を手掛けた「Faraway」も収録されている。その後の小室サウンドとも原型とも言えるフックの効かせ方はA面の普遍的な音の印象とは異なるが、なぜか、アルバムとしての統一感は強く感じられる。
A面が、シンガー、表現者としての堀ちえみの揺らぎのない確固たるスタンスだったのに対し、B面は、ファンに向けてのメッセージが内包された私小説的な印象も感じられる。この二面性を持ちながら、統一感を保ち、堀ちえみ(当時の)ラストアルバムとして壮大で奥深く、エバーグリーンな輝きを現在も保っているのは、アルバム制作と向き合う堀の矜持からだろう。
A面B面にそれぞれの物語性を感じさせてくれながら、1枚のアルバムとして統一感を持ち、高いクオリティを保つ。これはすなわち、レコードからCDに移行し、ストリーミング配信が主流となった今も語り継がれていく作品だということを体現している。
―― 堀ちえみ全オリジナルアルバム、ストリーミング配信がスタート!
アルバムアーティストとして、高いクオリティのアルバムを発表し続けた堀ちえみ80年代の軌跡をこの機会に存分に楽しんでみては。
特集:堀ちえみ 40周年アニバーサリー

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2023.02.19