6月1日

松田聖子コンサートの原型が作られた “3つの日本武道館公演” は見逃せない!

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松田聖子の映像作品「Super Diamond Revolution」がリリースされた日
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デビュー42周年。“ママドル”時代の輝きを確認できる3つの武道館公演


1983年夏のコンサートツアー『アン・ドゥ・トロワ』で初めて松田聖子のコンサートを観て以来、40年近くコンサートに通い続けている筆者が、現在もアリーナ中心の大規模ツアーを続けられる理由を、『還暦アイドル “松田聖子” の強みは大規模コンサートを支える集客力にあり!』というコラムで解説した。

今回は現在の聖子のコンサートの原型が作られた作られたのはいつなのか―― という点に迫ってみる。

1985年の結婚、そして1986年の出産を経て、“ママドル” と呼ばれていた1980年代後半のコンサート映像3タイトルが、初のBlu-rayとして9月21日に発売となる。

『Super Diamond Revolution』(1987年)
『Sweet Spark Stream』(1988年)
『Precious Moment』(1989年~90年)

―― いずれも日本武道館での公演を収録したものだ。

現在のライブ映像と異なり、全曲収録ではないのは少々残念だが、結婚・出産後も “アイドル” であり続けた、日本の芸能史上で唯一の存在 “ママドル” 松田聖子の魅力を堪能できることは確実だ。

そして注目すべきは、この3つのツアーには、現在も続く松田聖子のコンサートの「原型」が見つかることだ。

松田聖子のコンサートを 演出した伊集院静


松田聖子のコンサートを、アイドルの “歌謡ショー” からケレン味たっぷりな “コンサート” へと変貌させたのが、伊集院静氏による演出だった。電通のCMディレクター出身の伊集院氏は、1980年代前半、松任谷由実のステージ演出を手がけていた。

松田聖子のコンサート演出に初めて伊集院氏を起用したのは、1983年末の日本武道館での『SEIKO LAND』。ステージに巨大なクルーズ船の舳先(へさき)が現れ、真冬の武道館を真夏のリゾートへと変えていく演出が斬新で、松田聖子のステージが大きく変わったことを印象付けた。

1984年も伊集院静氏の演出が続く。春のアリーナツアー『FANTASTIC FLY』では聖子初のセンターステージを採用。円形のステージが回転木馬に変わったり、当時CMに出演していたカネボウの協力で曲に合わせて香りが場内に噴出されるなど、話題性満載の斬新なライブとなった。

夏は「時間の国のアリス」をテーマにしたホールツアー『Magical Trump』、年末の日本武道館では再び円形ステージをレコードプレーヤーに置いたレコードに見立て、回転するという演出で話題を呼ぶ。

結婚休業前の最後のコンサートとなった1985年春のアリーナツアー『Seiko Prism Agency』では、巨大な飛行機状のセンターステージで、聖子の人生の旅立ちを演出した。

原型1:ニューアルバムをセットリストの中心に据えた構成


1986年秋の出産を経て、松田聖子が本格的に活動を再開した1987年。ニューアルバム『Strawberry Time』リリース後に開催したアリーナツアー『Super Diamond Revolution』が、伊集院静氏演出の集大成となった。

テーマは「時計」で、円形ステージの中央から外周に向けて伸びる階段を時計の長針に見たて、その階段が円形のステージを一周するところが中盤のクライマックスだ。

このコンサートで見つかる現在のコンサートにつながる「原型」は、「ニューアルバムをセットリストの中心に据えるという構成」が始まったことだ。

結婚休業前までのツアーはシングルのヒット曲を中心にしたセットリストだったが、『Super Diamond Revolution』はオープニングから4曲続けてニューアルバムの新曲を披露した。90年代以降のコンサートでは、アルバムリリースがない年を除けば、オープニングからニューアルバムの曲を続けて歌うことが基本となっている。

また、90年代以降聖子の音楽パートナーとなる小倉良と出会うきっかけとなったことも忘れてはならない。1987年と1988年のツアーの演奏は、小倉良がメンバーであるダンガンブラザーズバンドが担当している。

「Dancing Cafe」で、ステージに登場したバンドメンバーと絡みながら歌う聖子が見せる小悪魔的な表情は見逃せないことも、言及しておこう。

原型2:バックダンサーと共に歌い踊る“見せる要素”を強めた演出


デヴィッド・フォスターがプロデュースしたアルバム『Citron』発売後に開催した、1988年のツアー『Sweet Spark Stream』。前半がアリーナで後半がホールという、4ヶ月かけて全国を回るツアースケジュールとなっている。

演出には『遠雷』『探偵物語』などで知られる映画監督・根岸吉太郎を起用。前年の円形ステージからエンドステージへとなり、雰囲気が一変した。選曲も前半から中盤にかけて『Supreme』(1986年)『Strawberry Time』(1987年)『Citron』(1988年)と結婚休業以後にリリースしたアルバム曲で構成。

アイドルというスタンスは崩さないものの、ヒット曲中心の選曲からアルバム曲を重視するという『Super Diamond Revolution』からの流れをさらに強化したセットリストになっている。

このコンサートで見つかる現在のコンサートにつながる「原型」は、「バックダンサーと共に歌い踊る “見せる要素” を強めた演出」が始まったことだ。

前年のダンガンブラザーズバンドと絡みながら歌ったように、バックバンドのメンバーが演出に加わることはそれまでもあったが、バックダンサーが登場する演出は斬新だった。

「裏庭のガレージで抱きしめて」「上海倶楽部」の2曲を4人のボーイズダンサーと歌い踊る場面は、少々ぎこちなさは否めないものの現在のコンサートに通じる雰囲気が感じられる。

アンコールではステージ全体が真っ白になるほどの大量のスモークが後方から噴出されるという、さながらスペクタクル映画のような迫力のある演出がなされ、さすが映画監督だと感じさせられた。



全米デビュー、そして独立直後に立たされた苦境


全米デビューを目指して長期のアメリカ滞在、そして1989年初夏の時期に所属していたサンミュージックから独立したことをきっかけに、ほぼすべてのマスコミ挙げての苛烈なバッシングが始まった。

一年ぶりの新曲「Precious Heart」が連続1位記録を逃し、紅白歌合戦にも選ばれず、人気に翳りが生じたと散々揶揄されたなかで、アルバム『Precious Moment』発売後に、1989年末から翌年にかけて行われたツアー『Precious Moment』。

日本武道館などの大会場は1年以上前から予約を入れておくことが基本なので、バッシングされたことでチケット売り上げに影響が生じたとしても、武道館6Daysをキャンセルすることはできない。

ツアー初日の武道館に参戦し、その時の苦境を目の当たりにした。1階席と2階席のステージ横のかなりの部分が黒幕で覆われていて、席数を削減していた。それ以上に驚かされたのは、アリーナの席数の少なさだ。左右と後方にかなりの空間を設けねばならないほど、チケットが捌けていなかったのだろう。

Blu-rayに収録されているアンコールの「Chase My Dreams~明日へのStep~」では、場内の電気がついて明るくなるので、観客動員に苦労していた実態を確認することができる。

『Super Diamond Revolution』『Sweet Spark Stream』に比べると、ステージセットがチープになっているのは否めず、独立直後で相当苦しい状況であったことがうかがえる。

原型3:観客との距離を縮め積極的にコミュニケーション


では、見どころがないコンサートだったのかというと、それは全く違う。松田聖子のキャリアにおいて、大きなターニングポイントとなったといっても過言ではないのだ。

このコンサートで見つかる現在のコンサートにつながる「原型」は、「観客との距離を縮め積極的にコミュニケーションをとるスタンス」が始まったことだ。

前年までは大きな事務所に所属しており、多くのスタッフによって運営されていた松田聖子プロジェクトであったゆえに、コンサートのMCもきっちり演出されており、アドリブの部分は僅かしかなかった。

しかし『Precious Moment』ツアーでは、バッシングにより離れていったファンもいるなか、会場に詰めかけたのは苦境の聖子を支えようと思うファンが中心。それ以前のコンサート会場とは異なる、独特な悲壮感にも似た雰囲気が充満していた。

そんなファンに向けて心配をかけたことを心から謝る聖子のMCは、それ以前の演出されたMCとは異なり、“スター” 松田聖子ではなく、“人間” 松田聖子の魅力に溢れていた。

例えるならば、城の高いバルコニーから臣民に手を振っていたお姫様が、自分たちと同じ目線にまで降りてきて語りかけてくれるような感じだ。姫の方から距離を縮めてきてくれたのだから、ファンもコミュニケーションをとりやすくなるというもの。



充実するファンとのふれあい。そして目玉のリクエストコーナー誕生


90年代以降のコンサートでは、聖子が「記者会見みたい」と例えるくらい客席から積極的に声を掛けるファンが増え、それに対して当意即妙な返しで爆笑を呼ぶというMCスタイルが完成していった。

そこからリクエストコーナーが自然発生的に誕生して、今やコンサートの目玉にもなっているのも興味深いことだ。

さらに、ステージ横のスタンド席に向けて翼を広げるような構造の両ウィングが設置されたのも『Precious Moment』ツアーが初めてで、これが現在も定番となっていることにも言及したい。

Blu-rayには最終日の模様が収められているが、バッシングによる苦境にもめげない聖子とファンが織りなす独特の一体感があふれており、このツアーが聖子のキャリアの中で特別な存在であることを理解できるだろう。




――“ママドル”時代の聖子の輝きを楽しむという面でも、また、今に続く聖子コンサートの「原型」を確認するという面でも、Blu-rayでリリースされる3タイトルはファンにとって見る価値の高いものであることは確実だ。

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2022.09.21
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カタリベ
1964年生まれ
冨田格
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