2022年 9月3日

還暦アイドル “松田聖子” の強みは大規模コンサートを支える集客力にあり!

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松田聖子のコンサートツアー『Seiko Matsuda Concert Tour 2022“My Favorite Singles & Best Songs』が日本武道館で開催された日
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松田聖子コンサートツアーの今


2020年にデビュー40周年、そして今年還暦を迎えた現役アイドル・松田聖子。

日本の音楽史上でも比類なき存在であり続ける松田聖子の強みは、毎年開催している夏のコンサートツアーの圧倒的集客力にあると考えている。

1983年夏のコンサートツアー『アン・ドゥ・トロワ』で初めて松田聖子のコンサートを観て以来、40年近くコンサートに通い続けている筆者が、聖子コンサートの魅力の一端をご紹介しよう。

ごく一部の歌手・アーティスト以外は、キャリアが長くなるほど “根強いファンに支えられる” 活動となっていき、コンサートツアーの規模はだんだんと縮小していくのは当然のこと。

しかし、松田聖子はコンサートの集客力においては規模が縮小しない、その “ごく一部” の例外だ。

事務所移籍などゴタゴタがあった1999年を除き、1992年以降は毎年6月から夏のコンサートツアーを実施してきた。そして、2002年からは “さいたまスーパーアリーナ” でツアー初日を迎えるのが定番となっている。

2000年代までは、アリーナとホールを組み合わせたツアー日程だったが、2010年頃からは会場を、さいたまスーパーアリーナ、日本武道館、愛知・日本ガイシホール、大阪城ホール、福岡マリンメッセに限定、5年ごとのアニバーサリーツアーはさらに横浜アリーナが加わるというアリーナツアーを続けている(追加公演でホールが入った例はあったが、基本はアリーナツアーだ)。

初日の会場であるさいたまスーパーアリーナは、座席は可動式でキャパを変更できるのが特徴。松田聖子の場合は、通常は “200レベル” まで開放(アリーナでは、座席の階層を “階” ではなく “レベル” という)、5年ごとのアニバーサリー・ツアーはキャパ数を増やすという対応をしている。

2021年は新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置発出中ということもあり、“500レベル” までフルオープンにしつつも、定員の半分しかチケットは販売していなかった。そして今年2022年は、同じく “500レベル” までフルオープンで、かつチケット完売という盛況だった。

昨年末、不幸な出来事が起きたことで2022年のスケジュールは一旦白紙となった。恒例の夏のコンサートツアーも諦めざるを得ないとファンは覚悟していたのだが、春に昨年末キャンセルになった東京と大阪のディナーショーの振り替え公演から活動を再開。コンサートツアーも急遽開催することになった。

当初、さいたまスーパーアリーナ1day、大阪城ホール2days、日本武道館2days、マリンメッセ福岡1day、愛知・日本ガイシホール2daysという予定が発表された。しかし、チケットが軒並み完売となり、大阪城ホール・マリンメッセ福岡が1日ずつと、日本武道館2daysの追加公演が行われた。

初日のさいたまスーパーアリーナに続き、7月の武道館公演も観に行ったが、2階最後部の立見席まで完売となり、その集客力のすごさを改めて実感させられた。

コンサート集客力の強さの理由とは?


松田聖子のコンサートの集客力のすごさの理由はどこにあるのか… を考えてみよう。

ひとつは「根強いファン層のパイが大きい」ことにある。デビュー当初からの男性ファンもいれば、「赤いスイートピー」から好きになった女性ファンもいる。また結婚・出産を経てママドルとして復活してからファンになった女性も少なくないはずだ。

1980年代後半から日本武道館5daysを開催できるだけの厚みがあるファン層は、パイが大きい「根強いファン層」を形成できた理由だろう。

また、ママドル時代以降は同世代の女性ファンが客席の中心を占めるようになり、子供連れの人が目立つようになった。子供の頃から親に連れられてコンサートに通っていた子供世代が成長してファンとなり、親子でコンサートに来続けている人が少なくないことも集客力の強さの理由であることは間違いない。

そして、松田聖子が「一度は生で見たい昭和の大スター」という存在であることも、集客力を強くしている理由だと考えている。

歌番組が多かった昭和に活躍したスターは、年代を問わず国民の多くが知る存在だった。なかでも誰もが知るヒット曲を数多く持つ松田聖子は、中森明菜と並んで別格の存在。時代が平成から令和へと移り変わっても、紅白歌合戦をはじめテレビに出る機会も少なくない松田聖子は、CDセールスの多寡に関わらず存在の現役感が大きい。

特に、アリーナに限定したツアーを行うようになって以降は、開催地の遠方から日帰りバスツアーが組まれるようになった。ツアーでコンサートにやってくる人は、聖子世代よりも上の女性が多く、これがさらにファン層を厚くしている。

試行錯誤を重ねて固められたコンサートの構成


松田聖子は、1992年リリースのアルバム『1992 Nouovelle Vague』から本格的にセルフプロデュースを開始した。コンサートの企画・演出も本人が行ない、試行錯誤しながらコンサートの構成も固まっていった。



近年は、ニューアルバムからのダンスナンバーで幕開け、二幕目はお姫様ドレスでミディアムテンポの80年代のシングルとアルバム曲をメルヘンチックな演出で見せる。

三幕目はしっとりバラードで始まり、その後はアコースティックコーナー。主に80年代のシングルやアルバム曲を中心にレア曲も織り交ぜる構成。コンサート中盤にも関わらず、このコーナーはWアンコールが定番でかなりの時間を割く。

アコースティックコーナーの後、もしくは途中にリクエストコーナーが始まる。客席のファンがそれぞれに掲げるボードに記された懐かしい曲をアカペラで次々と歌っていく。このファンとの掛け合いは、コンサートの中でもっとも楽しい時間であり、ここを楽しみにしている人も多いはずだ。

リクエストコーナーの後は「赤いスイートピー」が定番。客席のファンはコンサートグッズで購入した造花のスイートピーを手に、大合唱となる(コロナ禍の現在は、心の中で合唱する)。

四幕目は一転、カラフルな光に溢れた華やかな演出でヒット曲中心のメドレー。最後は「夏の扉」で終了。さらにアンコール… というのが基本の形だ。

2020年がデビュー40周年のアニバーサリーだったが、コロナ禍のためツアーは一年延期となった。

2019年はプレ40周年ツアーということで「シングルコレクション」、そして一年延期となった2021年と今年2022年は、2年続けて40周年ツアーということで新曲はなく、過去にリリースしたシングル曲とアルバム曲だけで構成するセットリストとなった。とはいえ、ニューアルバムからの新曲がないだけで、前述したコンサートの基本的な構成はほぼ変わっていない。



増えていった女性ファン、戻ってきた男性ファン


松田聖子コンサートの集客力の強さの大きな理由は、「根強いファン層のパイが大きい」ことなのだが、この「根強いファン層」も時代とともに微妙に変化していることにも言及しておこう。

1980年代前半は親衛隊を中心とした男性ファンが中心だったが、結婚出産を経て復帰すると親衛隊と思しき男性の姿が一気に減り女性ファンが目立つようになってきた。親衛隊だった男性たちは就職などで、活動する時間がとれなくなったのかもしれない。

そして1989年、サンミュージックからの独立や全米デビューのための長期不在などが重なり、マスコミ挙げての大バッシングが始まった時期から、男性客の姿はますます消えていった。

1990年代前半以降は、会場の8割が女性と言っても過言ではないほど女性ファンが中心となって松田聖子を支えていた。

2000年代に入ると客席に変化が生じ始める。仕事に余裕ができたのか、はたまた子育てがひと段落したのかは不明だが、派手にデコった昭和の親衛隊スタイルの男性が少しずつ戻ってきた。それによって、会場の雰囲気も変わり始める。

“聖子コール” で実感した80年代と90年代の雰囲気


それを如実に感じたのは、80年代前半のヒット曲に対する「聖子コール」だ。女性ファンが中心だった時代は「青い珊瑚礁」と「夏の扉」くらいしか「聖子コール」がかからなかったが、親衛隊の男性が戻ってきたことで「風は秋色」や「渚のバルコニー」などにもコールがかかるようになってきた。

会場の雰囲気の変化を察知してか、ツアーグッズやアルバム初回盤の特典に80年代親衛隊スタイルのハッピやハチマキなどを展開するようになり、ステージ上も客席も会場全体で80年代的な盛り上がりを楽しむようになっていった。そのため、必然的に2010年代は80年代の曲が中心のセットリストとなる。

しかし、その流れにも少し変化が現れてきた。昨年2021年と今年2022年のツアーでは、90年代への回帰が感じられるのだ。

2021年の40周年ツアーでは一幕目の3曲が90年代前半のアルバム曲のダンスナンバーばかりを選曲。90年代のツアーを見てきたファン以外は知らない可能性が高い曲ばかりで、戸惑いを覚えている人も少なくないように感じた。

そして今年2022年は、アンコールを90年代スタイルに戻した。というのも、デビュー20周年の2000年にリリースしたシングル「20th Party」がこの20年間のアンコールの定番曲となっていたのだが、それを止めて90年代のシングル2曲を選曲。曲間でサックスとかけあいを見せるのも90年代ライブでおなじみだった場面だ。



ますます広がるアリーナツアーの可能性


厚みのあるファン層による安定した集客力の強さ、構成が大きく変わらないことで一見マンネリのように思えるのだが、微妙に変化していく選曲の方向性。さらに、聖子自身がドラムやギター、ピアノなどの楽器演奏にも積極的に取り組むことでステージでのパフォーマンスも広がりがでてきている。

今年のツアーを見ても、現状の大規模なアリーナツアーを止める兆候はまったく感じられない。多くのファンも、そしてもしかすると聖子本人も、還暦を過ぎてもなお大規模なアリーナツアーを続ける今の状況は予想していなかったかもしれないのにも関わらず。

このさき、どこまでこのスタイルのコンサートツアーを続けていくのか、長年聖子を応援してきた根強いファンの1人として追いかけていくしかないだろう、いや追いかけていきたいと心から願う。

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カタリベ
1964年生まれ
冨田格
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