回転する地球が白いキャンバスに変わり、USAフォー・アフリカのロゴの周りにたくさんのサインが現れたときの、胸の震えを忘れることができない。美しいメロディーを一流と呼びうる新旧のアーティストが、「命を救う」というテーマで歌い繋いでいく。
曲が終わった後も、僕はしばらく茫然としていた。すごいものを見てしまった。すごい体験をしてしまったという感覚が、軽い痺れと共になかなか体から抜けなかった。
1985年の、これから桜が咲く頃の出来事だった。僕は中学を卒業し、高校の入学式まではまだ少し日があっただろうか。とにかく、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を聴いたのはそんな季節だった。
すぐにレコードを買ったし、飢餓に苦しむアフリカの人達を助けようという目的にも共感して、大切に貯金してあった17,000円を寄付したのも覚えている。
ところが、ラジオから毎日のように流れてくると、僕の心は急速に冷めていった。まず、繰り返されるサビのメロディーが鼻につくようになった。そして、大味なコーラスも好みではないことに気づいた。
「ひょっとすると、たいした曲ではないのかもしれない」。
しばらくすると、同じような意見もちらほら見かけるようになった。「音楽的に退屈」、「不遜な歌詞だ」等々。さらには、制作の主旨に対して「あんなのは偽善だ」と言う人達もいた。
偽善かどうかはともかく、歌詞が偉そうだなとは僕も思わなくはない。ただ、音楽的に退屈なのは、考えてみれば仕方のないことだ。あれだけ多くのアーティストが一同に集まり、短い時間でレコーディングをするのだから、覚えやすい簡単な曲でなければならなかったはずだ。また、それぞれの見せ場も必要だから、曲も自然と長くもなる。他にもいろいろ大変なことはあっただろうから、そうした事情を思えば、よくできている方だと思う。
幸いなことに、ビデオが曲の魅力を大きく引き出してくれた。当時旬のアーティストが次から次へと登場するのを見るのは、それだけで興奮した。また、レコーディング風景を記録したメイキング映像を見れば、参加アーティスト同士がとても協力的だったのがわかる。それは目的が明確だったからに他ならない。アフリカの人達を救う。おそらく、音楽はその次でよかったのだ。
結果として、「ウィ・アー・ザ・ワールド」はたくさんの人達の共感を呼び、世界中で大ヒットを記録した。今ではスタンダードナンバーとさえ言えるほどだ。平和を願い、助け合う必要があるときのアンセムとして、人々の心に深く刻まれたのだ。2010年に起きたハイチ地震では、参加アーティストを一新したニューヴァージョンがレコーディングされている。
そして、僕はといえば、今でも音楽的にはたいした曲ではないと思っている。これはもう仕方がないことだ。納得いかない人もいるだろうけど、ご勘弁いただきたい。
それでも、初めてテレビの前でこの曲を聴いたときの胸の震えは、今も鮮明に想い出すことができる。あれは特別な感動だった。特に白いキャンバスにたくさんのサインが現れたあの瞬間は、一生忘れないと思う。
ただ、あそこはまだ曲のイントロなのだ。つまり、最初から僕は音楽に感動したわけではなく、もっと違うなにかに感動していたのかもしれない。でも、それも含めての「ウィ・アー・ザ・ワールド」。今はそんな風に思っている。
2017.04.27
YouTube / USAforAfricaVEVO
YouTube / We Are The World 25 for Haiti