リリースから40年超、スタンダード化した「ジョージー・ポージー」
風薫る2020年5月某日のこと。ステイホームでリモートワーク中に、iPhone から流れた1997年岡山生まれのシンガーソングライター、藤井風(ふじいかぜ)さんの2019年作品「何なんw」という曲を聴いて、「ジョージー・ポージー」のメロディがとてもさらっと使われているのに気が付いた。
1978年にTOTOがオリジナルでリリースした「ジョージー・ポージー」自体が最早スタンダード化しており、聴いて身についたメロディが溢れ出てしまったのだろう。彼のアルバムをサブスクで聴いたが、1990年代以前の気持ちいい洋楽のエッセンスがほど良く生きている。
プロフィールによると、実家が喫茶店で様々な音楽が流れ、あらゆる音楽を聴いて育ったという。たくさん音楽を聴いてきたひとはそれだけヒキダシが多いのだから、後の世代に伝えていって欲しい。それにしても、楽しみな若いひとがまたひとり出て来たと思うとワクワクする。
閑話休題。この「ジョージー・ポージー」と、どこかにつながりがある寺尾聰さん「出航 SASURAI」について語ります。
異国情緒溢れる有川正沙子の世界、「SHADOW CITY」と「出航」
寺尾聰さんの作品といえば、1981年2月リリースの「ルビーの指環」が多くの方の頭に浮かぶだろう。この曲の大ヒットにより、1980年8月リリースの「SHADOW CITY」と1980年10月リリースの「出航 SASURAI」の2作品も引きずられるようにヒットした。
「ルビーの指環」は、松本隆さんが描く “風の街” を舞台にしたいくつかの場面が、まるでフランス映画のように印象に残るが、「SHADOW CITY」と「出航 SASURAI」の2曲は松本隆さんとは趣が異なり、有川正沙子さんの無国籍な短い詞で彩られる。作曲は寺尾聰さん。編曲はいずれも井上鑑さん。
1981年当時、「SHADOW CITY」は、ヨコハマタイヤのCMタイアップがあり、お茶の間にもそこそこ流れたが、「出航 SASURAI」はスローな3拍子で地味な曲調、当時はタイアップもついていなかったので一般的な認知度は他の2曲に比べると低かった記憶がある。オリコンチャートの最高順位も「SHADOW CITY」が3位だったのに対し、11位にとどまっている。
有川正沙子さんによる詞は、ひとつの恋愛が終わり、どこかへ旅立つ男性が自分に言い聞かせるかのようなモノローグ。船が揺れ、ゆっくりと港を離れていく情景を思わせるイントロに続く歌のメロディは、夜明け前のような暗さで始まり、だんだん明るさを増し、気が付くとメジャーに転調している。
異国情緒溢れる映像的な世界を、不器用な、決して若くない男性を演じるように歌う寺尾聰さんのヴォーカルは枯れた… いや、当時33歳だった寺尾聰さんにこの言葉を使うのは少々失礼かも知れないけれど、大人の色香満載で文句なしにシブかっこいい。井上鑑さんとパラシュートのメンバーによって奏でられる洗練されたサウンドについては言わずもがな。
TOTO と寺尾聰をロープでつないでみると?
それではここで「出航 SASURAI」と「ジョージー・ポージー」の2曲をロープでつないでみよう。
「出航 SASURAI」の揺らぎのあるイントロ前半8小節は、「ジョージー・ポージー」の後半ヴァース部分とほぼ同じコード進行によるものだ。
3拍子と4拍子、リズムの違い、「ジョージー・ポージー」はそのコードの上に歌メロも載っているし、テンポも違うので一瞬聴いただけでは気が付かないが、コード進行はほぼ共通している。ヴァース部分はこの詞が歌われているところで、何回も繰り返され最後まで続く。
ところで、ジョージー・ポージーとは、英語の童謡「マザー・グース」にうたわれる、女たらしの男性の名前だ。
Georgy porgy puddin' pie
Kissed the girls and made them cry
ちなみに「ジョージー・ポージー」、件の部分のコード進行は、TOTOのスティーブ・ルカサーによると、
D sus / E to E sus / C# to Em7-5 / F# to B7+5
…だそうだ。音源で聴いているのとは少し違うように感じたが、ベース音は確かに合っているので、音を重ねる前は少なくともギターではこのコードで弾かれているとわたしは解釈している。
魅惑的な「ジョージー・ポージー」のヴァース部分
この魅惑的な「ジョージー・ポージー」のヴァース部分のループ、コード進行をキーにした和モノのプレイリストを作ろうとした時に、まず思いついたのが「出航 SASURAI」だった。ただ、他にこのコード進行を使った曲はなかなか見つからず、似たものとして岡村靖幸さんの「彼氏になって優しくなって」くらいしか見つけられなかった。メロディを載せるのが難しすぎて、使いづらいループなのかもしれない。
一方で「ジョージー・ポージー」は数多のカヴァーやサンプリングミックスが存在する。そのひとつに、インコグニートがミックスを施したイタリアのユニット3Dのカヴァーがある。これはTOTOのオリジナルより半音高い Fm のキーで女性のヴォーカルによるもの。
ヴァースの「♪ Georgy Porgy Puddin’ Pie Kissed the girls and made them cry」でヴォーカルと多重コーラスだけになる部分があり、この多重コーラス、とくに最初の2小節がまさに「出航 SASURAI」のイントロで演奏される、あのトロンとしたギターの音色を想起させる。
最初このヴァージョンを聴いたとき、インコグニートは井上鑑さんをご存知だったのか? と思ったものだ。人間のヴォーカルとギターという楽器の違いはあれど、その音の流れが共通していると、聴く人の心に与える印象もきっと近いものになろう。
ところで「出航 SASURAI」の主人公が女性と別れ、さすらいの旅に出た理由が気になるのだが。もしかすると “Georgy Porgy” のように、キスした女性を何人も泣かせてしまうような色男だったのかもしれない。そうであれば、この曲のイントロに「ジョージー・ポージー」のコードをさりげなく潜り込ませたのもさもありなん。さて、真相は如何に。
2020.06.09