セーラー服と機関銃 ー ひろ子姫の小さな泣きぼくろとカスバの女（前篇）

手斧が打ち下ろされ――
村人が次々と殺されていく！

八ツ墓村も真っ青、東北の寒村で起こった大量虐殺事件。その村で唯一生き残った少女を13歳の薬師丸ひろ子が演じる。この事件をきっかけに父親代わりとなった元自衛隊・特殊工作部隊の隊員に高倉健。主役は当然ながら健さんであり、彼女は『野性の証明』という映画を製作するために行われたオーディションに合格した、ひとりの素人に過ぎなかった。

ところが蓋を開けてみれば、薬師丸サンの主演映画のようになっていた。大スターである健さんの隣に寄り添いながらも物怖じせずに与えられた役を魅力的に演じ切る姿に彼女のシーンは大幅に増えたのだろう。特に印象的だったのは美しい大きな目と目元の小さなほくろである。

いつの間にか消えて無くなってしまったが、僕は現在のひろ子姫を見ていても、勝手に脳内補填してしまうほど、この目元の泣きぼくろが好きだ。

ヘッドホンで美しい音楽を聴きながら、感動のあまり一筋の涙を流すというテクニクスのオーディオコンポセットのCMでもこのほくろは魅力的に映し出された。そう、涙をためるその目元にしっかりとそれはあった。

あの当時、このCMを観た男ならば、守ってあげたい、そんな気持ちが大きく芽生えたはずである。それもこの小さなほくろの魔力がそうさせるのだ。泣きぼくろというものは、どうやら男の庇護欲をビリビリと刺激する魔法装置であるらしい。

しかし、映画『セーラー服と機関銃』において、「男の庇護欲」を生み出すこの「絶対魔法」は必要とされなかった。

まず、この作品のテーマは少女の成長を描くことにある。当然、「薬師丸ひろ子」という妹のような存在を、さらにもう一歩先の成長した女として演出することを監督は求められたはずだ。今、これから語ることは私が想像を巡らせただけの妄想なのかもしれない。ただ、あながち間違いではないと確信している。

相米慎二という超ドSな天才監督は、映画の序盤で17歳のひろ子姫に海老反り状態でブリッジをさせながら「カスバの女」を歌わせている。曲を聴けばわかるようにかなり難易度が高い懐メロである。演歌の女王・八代亜紀、宇多田ヒカルの母・藤圭子、『女囚さそり』で人気を博した梶芽衣子といった実力派、さらに遡れば扇ひろ子、青江三奈、緑川アコへと繋がる。その緑川アコが歌ってヒットしたのが1967年だというから、ひろ子姫が生まれて間もない頃に流行っていた曲ということになる。


　涙じゃないのよ 浮気な雨に
　ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ
　ここは地の果て アルジェリア
　どうせカスバの 夜に咲く
　酒場の女の うす情け


映画の中で、ひろ子姫が演じたのは「星泉」という名の女子高生だ。死んだ父親が好きでよく口ずさんでいたという設定で、姫は「カスバの女」を自身の登場シーンで歌う。

こんなにかわいい女の子がなぜ昔の… しかも浅草あたりのストリップ劇場で流れていそうな懐メロを歌っているのか。しかも普段はしないであろうブリッジをしながら歌っているので、ひろ子姫の表情は強い緊張に晒されている。

もちろんその目元には庇護欲をそそる、あの泣きぼくろがある。しかし海老反りでブリッジをさせられている都合でスクリーン上では逆さまに顔が映り、よって観客はそのほくろから完全に視線を逸らされてしまう。これは、作り手からの強烈な平手打ち（ビンタ）だった。

僕たちに “守ってあげたい” と思わせる、姫の大きな魅力である泣きぼくろを「邪魔だ」とばかり、逆さまに表情を切り取ることで封殺したのである。

さて、その意図とはなにか、さらに妄想していく…。

後編に続く。



歌詞引用：
カスバの女 / 緑川アコ
※オリジナルはエト邦枝

2018.02.12