11月1日

来生たかお「夢の途中」と 薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」の関係はいかに?

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映画「セーラー服と機関銃」主題歌を担った来生たかお


来生たかおの「夢の途中」を最初に聴いたのは、今からちょうど40年前、1981年11月1日のリリースからは、少し時間がたってからだったと記憶している。

当時は昨今の音楽配信のように楽曲が世に出ていくスピード感に欠けていたし、一般的にはテレビやラジオでオンエアされるようにならないと、まだ学生だった我々が新曲に気付くことはなかった。とりわけ、異名同曲としてリリースされた薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」が12月の公開前11月21日に発売されると、世間の注目は一斉にそちらに注がれることになるため、オリジナルとして先行したにも関わらず、膨大な予算をかけて映画・書籍・音楽と三位一体で展開される “角川商法” の前では、その存在感は薄れようというものだ。作者には申し訳ない話だが、楽曲を提供したら話題になったので、後出しで便乗したかのような印象を持たないわけでもなかった。

もちろん作曲者としての彼の名前は認識していた。当時はテレビの歌番組も多く、曲名がテロップで表示される際は、ほぼ必ず作家の氏名表記が為されていたし、その少し前には「Goodbye Day」のヒットでシンガーソングライター来生たかおの名は既知のものとなっていた。ピアノの弾き語りスタイルは作曲家の先生方がテレビ出演でよく見せるぐらいで、それまでといえば… おそらく原田真二ぐらいだっただろうか、とにかくまだ新鮮味があった。

また作詞家としてコンビを組む実姉、来生えつこの名はさらに多くの楽曲で目にすることが多く、二人の関係は「先に頭角を現した姉が、駆け出しの弟を引っ張り上げる」という構図を勝手に思い描いていた。

やがて正月映画として映画は大ヒットし、主題歌「セーラー服と機関銃」もチャート1位を獲得してビッグセールスを記録。つられるように「夢の途中」もヒットし、新進のソングライターとしては「ひろ子ちゃんに作品を唄ってもらえてラッキーだったなぁ」という、失礼な誤解をしていたのだが、実際、かなり事実は異なり、こうなったのには何かとビジネス上の背景が関係しているということは後々知ることになる。

薬師丸ひろ子が主題歌を歌う予定はなかった?


角川映画がメディアミックスで大々的なプロモーションを仕掛けて話題作りをするという印象は、当時一般の目から見ても明らかだったが、その中でテレビCMで流れる楽曲というのも、大きな比重が置かれていたように思う。

「人間の証明」のジョー山中、「野性の証明」の町田義人が手掛けたテーマソングは、いずれも話題となり、彼らの代表作となっていった。

当然これがレコードデビューとなる薬師丸ひろ子の歌唱は既定路線と思われていたが、実は違う。そもそも彼女には主題歌を歌う予定はなく、来生たかおによるオリジナルが採用される予定だったのだ。当時彼女は歌を歌うことを頑なに拒んでおり、それは決して歌が苦手なわけでも、嫌いなわけでもなかった。映画に出るだけでも大変なのに、歌手デビューでさらにメディア露出が増え、生活環境が激変してしまうことを怖れていたのだった。

角川、キティ・フィルム、東映… 映画成功のトライアングル


そしてこの映画は、そもそも角川の企画ではなかった。赤川次郎による原作本は既に他社より出版済みで、この作品を映画化しようと、初めに目をつけていたのは、実は監督の相米慎二であった。彼は薬師丸ひろ子の初主演映画『翔んだカップル』で、初めて監督として抜擢してくれた新進のキティ・フィルムに企画を持込み、彼女を主役にと考えていた。

80年代初頭に台頭するキティグループは、井上陽水や小椋佳らミュージシャンの発掘とマネジメントで成功を収めた多賀英典氏が創設した製作者集団である。特にCMや主題歌などのタイアップで数多くの実績を築いてきた印象が強い。『翔んだカップル』についても人気漫画を実写映画化するという企画で、配給会社である東映を通じて角川春樹事務所へアプローチ。秘蔵っ子ともいえる薬師丸の映画初主演を取り付けた実績があった。

東映と角川についてもまた、配給を担当した映画『人間の証明』以来、良好な関係を築いていた。『野性の証明』では主演の高倉健をはじめ、松方弘樹、夏木(夏八木)勲など軒並み出演陣が東映出身の俳優で固められていることからも、それはうかがい知ることができる。はじめは薬師丸を他出版社の作品の映画化に出演させるのを渋っていた角川側も、原作本を角川文庫より出版することで説得。またデビュー作で相米監督に好印象を持っていた薬師丸も事前に台本を読んで、自ら事務所へ出演を直訴したという。

こうして「Goodbye Day」のヒットでノッているキティ所属のシンガーソングライター来生たかおが映画『セーラー服と機関銃』の主題歌を担当することが決定されたのは、ごく自然な流れであった。

二転三転した歌い手と楽曲タイトル、来生姉弟の戦い


だが事はすんなりとは運ばない。来生の楽曲に角川のトップ、春樹氏が「主題歌に相応しくない」とNGを出したのである。一方、これも彼女の歌の素養を見抜いていた相米が主題歌は若い女性が歌うべきだと、薬師丸に唄わせることを発案。いったん撤回したと見せて、秘密裏に彼女の歌でデモテープを制作して既成事実を作った上で、改めて春樹氏を説得する。「現場が良いというなら…」と、ただ一つ「曲タイトルを『セーラー服と機関銃』とする」という条件を付けて了承する。

さて収まらないのは、まさに曲入れ寸前で待ったをかけられた来生姉弟の陣営である。楽曲は採用になるものの歌唱は主演女優に。ましてタイトル変更は作詞を担当した姉えつこにとって、耐えがたい暴挙であった。

実は彼女は少し前にも大ヒット曲で、まさに同じような経験をしている。1979年、南佳孝の作曲で郷ひろみに提供された「モンローウォーク」転じて「セクシー・ユー」である。


作家たちの作品に対する思い入れは、時折制作チームには聞き届けられないことがある。この時も「郷ひろみのファンには、果たしてモンローウォークが何なのか理解できないだろう」という制作陣の配慮から、改題を強いられたのであるが、その時も来生えつこは激怒したといわれている。

この頃、歌謡曲とニューミュージックとの融合が始まり、新鮮味のある作家陣、特にシンガーソングライターらにそれを期待する傾向が強まって、彼らは引く手あまたとなった。演歌や歌謡曲では職業作家の手による同一の楽曲を複数の歌手が歌う競作はたびたび見受けられる。「氷雨」や「矢切の渡し」などはその代表格であるが、自らもパフォーマンスする彼らのフラストレーションは時折半ばセルフカバーのような競作の形をとることもある。「夢の途中」もアイドル女優の歌手デビューに対する当てつけのような競作になりかねない。この不採用事案はCBSソニーへの移籍騒ぎにまで発展する。

「夢の途中 ― セーラー服と機関銃」で先行リリース


結局、多賀代表の英断でキティ側が「夢の途中 ― セーラー服と機関銃」とのタイトルで先行リリース、ヒットを全面的にバックアップすることで双方折り合いが付き、決着を見ることになった。

このような来生姉弟のいきさつを知る限り、やはり「しっかり者の姉と芸術化肌の弟」という関係性が思い浮かぶが、実際のところはどうだろう。姉えつこのキャリアは、弟たかおの楽曲に詞をつけることから始まっている。弟がデビュー前に足踏み状態にあった頃、すでにメインストリームの仕事で声がかかるようになっていた彼女であったが、弟の存在なくして作詞家・来生えつこが世に出ることは、なかったに違いない。

だが当のたかお氏は「自分が歌うつもりだったので、難曲になってしてしまった」などと歌唱した薬師丸を思いやるコメントまで残している。やはり “この弟にしてこの姉あり” 弟のために闘おうという姉の気概を感じるエピソードであった。

作家としての成功、そして盤石になるヒットメーカーの地位


難航したリリースまでの歩みもその苦労が報われ、映画は1982年の年間興行収入で邦画第1位を記録。レコードも「セーラー服と機関銃」がオリコンで5週連続1位を獲得するなど年間2位を記録。「夢の途中」も後を追うようにチャート順位を上げ、最高位4位を記録。年間順位を24位とした。セールスの方はもちろん「セーラー服と機関銃」のおよそ86万枚に対して「夢の途中」は半分に少し満たない40万枚程度にとどまったが、作家としての成功は彼ら姉弟のものである。そしてこの約半年後、二人は中森明菜という才能に出会い、不動のヒットメーカーとしての地位を盤石なものとしていく。

一方、薬師丸ひろ子はその歌唱も評価され、主演映画のタイトルソングを歌うのが定例となり、それは彼女だけでなく、原田知世、渡辺典子という角川3人娘といわれた女優たちの間にも引き継がれていった。

全てのお膳立ては今は亡き相米慎二という才気溢れた監督と、キティ・フィルムの敏腕プロデューサー伊地知氏によるものであった。映画のヒットは彼らの単なるアイドル映画を撮っているのでなないという製作者の心意気がもたらしたものだと後の映画人たちの間で語り継がれている。

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2021.11.01
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カマボコ王子
映画「翔んだカップル」は東宝の配給なので書き直した方が良いと思う。
2021/12/25 18:29
0
返信
カマボコ王子
『翔んだカップル』は東宝の配給。『セーラー服と機関銃』は東映。東宝→東宝とならなかったのは、角川映画vs東宝&ジャニーズの対立があったから。
2021/11/01 10:18
0
返信
カタリベ
1965年生まれ
goo_chan
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