なぜか日本には少ない? 実話を基にした作品
映画のジャンルの1つに、「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」がある。
―― いわゆる “実話を基にした” 作品である。有名どころでは、あの『アポロ13』(監督:ロン・ハワード)とか、2020年のオスカーで作品賞にノミネートされた『フォードvsフェラーリ』(監督:ジェームズ・マンゴールド)とか、マクドナルドを乗っ取り、世界最大のチェーン店に育てた “創業者” を描いた『ファウンダー』(監督:ジョン・リー・ハンコック)とか、第二次世界大戦を舞台にベネディクト・カンバーバッチが天才数学者を演じた『イミテーション・ゲーム』(監督:モルテン・ティルドゥム)とか―― etc.
最近では、配信系のドラマでもよく見られ、1986年にソ連(当時)で起きた人類史上最悪の原発事故をリアルに描いて米エミー賞を受賞した『チェルノブイリ』(制作・HBO)もそう。
ところが―― なぜか日本では、その手のジャンルの作品をあまり見かけない。せいぜい、最近になってNetflixで制作・配信されたドラマ―― 1980年代を舞台に「アダルトビデオの帝王」こと村西とおる監督の型破りな半生を描いた『全裸監督』があるくらいだ。
なぜ、日本では少ないのか。
訴訟などのリスクを恐れて―― という声も聞かれるが、それは欧米も同じである。むしろアメリカは訴訟大国であり、その手のリスクはもっと大きい。だから、それは真の理由じゃない。
恐らく―― 日本人は「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」を単なる “過去の話” あるいは “懐かしい話(レトロ)” くらいに捉えているんじゃないだろうか。「あぁ、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(監督:山崎貴)みたいな話でしょ?」みたいに、ノスタルジー系の映画と一緒くたにして――。
でも、その感覚は正直もったいない。
ハリウッドにおける「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」って、たまたま舞台設定が過去なだけで、そこに描かれるのは新しい視点なんですね。単なるノスタルジーに留まらず。要は、たまたま過去のある事件を掘ったら、面白い話が見つかったので映画化した―― それが「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」。もはや、過去は懐かしい対象ではなく、時間軸を自由に行き来して得られる “新たな出会い”。それを作品化しないのは、宝の持ち腐れとしか言いようがない。
音楽で楽しむ「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」
思えば、音楽の聴き方においては、“サブスク” が普及した今の時代―― 僕ら日本人はとっくに “古い” や “新しい” といった時間軸を取り払って、オールタイムで音楽を楽しんでいる。今や若い人たちも、積極的に自分の生まれる前の楽曲を聴いている。当然、そこにあるのは「懐かしい」ではなく、自分なりの新たな発見。ならば、その楽曲にまつわる物語があれば―― それは、音楽版「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」になるんじゃないだろうか。
そう、音楽版「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」―― 少々前置きが長くなったが、それを「Spotify」の独占配信でポッドキャスト化したのが、今回紹介する
『Re:mind 80’s 黄金の6年間 1978-1983』である。
黄金の6年間―― それは思想なき、感性の6年間だった。
言葉より、音楽が求められた。
文学より、広告に光が当たった。
権威より、市場が優先された。
(中略)
――東京は、最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった。
2022年7月8日―― そんなイントロダクションから始まる1本のポッドキャストが産声を上げた。拙著
『黄金の6年間 1978-1983 ~素晴らしきエンタメ青春時代』(日経BP)を原作とする、「Spotify」独占配信の『Re:mind 80’s 黄金の6年間 1978-1983』である。
「黄金の6年間」を原作にしたポッドキャストコンテンツ
「黄金の6年間」とは、1978年から83年にかけて、主にエンタメ界に起きた奇跡の6年間のこと。音楽をはじめ、映画、小説、テレビ、広告、雑誌など、メディアを舞台にクロスオーバーが進み、そんなカオスの中から新しい才能が次々と輩出された時代である。アイドル松田聖子は財津和夫や大滝詠一、ユーミンらの作ったポップスを歌ってトップスターとなり、角川映画は小説と広告と音楽と映画を横断して、お茶の間を席捲した。
そんな『黄金の6年間』の原作本から、当ポッドキャストは毎月1年ずつ、1つのトピックをマンスリーテーマとしてチョイス。月替わりでその分野に精通したスペシャルゲストを迎え、トークで深掘りする。いわば、音楽版「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」である。ゲストを迎える番組ホストに、リマインダーの代表・太田秀樹サン。ナビゲーターにボイスマスターの東哲一郎サン。コンテンツは毎週金曜日に新作が配信され、最終週は東サンによる原作本のリーディングである。
さて――そうして先月、幕明けた『Re:mind 80’s 黄金の6年間 1978-1983』。第一弾となる7月のマンスリーテーマは――“1978年”から「いよいよユーミン再始動! 松任谷由実の新しい世界が始まった」。1976年に結婚して、一度は音楽活動から引退した荒井由実が、松任谷姓に改め復帰したのが、黄金の6年間の幕開けとなる1978年だった。そこから83年までの6年間、ユーミンは年2枚のオリジナルアルバムを制作する驚異的な創作意欲を見せる。
俗に、クリエイターにとって量と質は比例するという。「埠頭を渡る風」や「DESTINY」、「サーフ天国、スキー天国」、「恋人がサンタクロース」、「守ってあげたい」などの数々の名曲も、この時代の産物である。ライブでは、後にライフワークとなる『SURF&SNOW』が始まり、またステージがどんどん豪華になって“ショー化”したのもこの時代。まさに――黄金の6年間とは、松任谷由実のこと。この時代のユーミンの「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」は最高に面白い。
そして、そんな彼女を、もっと深掘りしようと招いたスペシャルゲストが――音楽ライターで、女性シンガーソングライターの専門家、長井英治サンである。この業界でユーミンを語らせたら、右に出る者はいないとも評されるユーミン通の一人。リマインダーの太田サンとのトークは3週に渡って繰り広げられ、1週ごとにサブタイトルが付いた。
第1回配信テーマは松任谷由実
記念すべき第1回配信は―― サブタイトルに「松任谷由実と黄金の6年間」と銘打ち、俗に “二毛作” と呼ばれた、年2枚リリース時代のオリジナルアルバムにスポットを当てる回だった。ゲストの長井サンは、個人的な最高傑作は「DESTINY」も収録された1979年リリースの『悲しいほどお天気』を挙げつつも―― ユーミンの“時代を読む力”が最も発揮されたアルバムは、その前年、78年にリリースされた『流線形'80』と証言した。
「78年にリリースされたのに、80っていうキーワードが付いているじゃないですか。ユーミンがおっしゃってたんですけど、先に80と付けておけば、あと10年間やっていけるだろうという思いを込めて付けたそうです。80年代という時代を見据えて。この中にはサーフィンの歌があったりとか、不倫を思わせるフレーズの曲があったりとか、80年代にその辺、トレンドになるじゃないですか。今、不倫をトレンドとか言うと不謹慎ですけど(笑)。まぁ、そういうバブルへ向けての先見の明みたいなものが、ユーミンの中には絶対あったと思うんです」
更に長井サンは、ユーミン自身のターニングポイントになったアルバムとして、80年リリースの『SURF&SNOW』も挙げた。
「“恋人がサンタクロース”と言ってね、この曲がキッカケで恋人たちがクリスマスを一緒に過ごすようになったので(※それ以前、クリスマスは家族と過ごすイベントだった)、そういう意味でも、ユーミンがトレンドセッターとして君臨してたような気がしますね」
翌週、配信された第2回では、サブタイトルに「松任谷由実のライブと黄金の6年間」と銘打ち、その時代に始まった2つのリゾートコンサート「SURF&SNOW」の誕生秘話や、作家の伊集院静らの演出で年々豪華になったステージの模様を紹介した。中でも印象的だったのが、1979年の「OLIVEツアー」の演出。中野サンプラザに本物のゾウを持ち込んだ際の裏話は、ユーミンの意外な一面が垣間見えた。
「中野サンプラザにゾウを出すために、サンプラザの野球チームとユーミンのチームで野球大会やったりしてね。野球接待じゃないですけど(笑)。そういう陰の “泥臭い努力” は凄い」
3週目の配信は、サブタイトルに「ソングライターとしての松任谷由実と黄金の6年間」と銘打ち、実に350曲以上にも及ぶ、他の歌い手へのユーミンの提供曲にまつわる話を紹介した。言うまでもなく、その最大の成果は、「黄金の6年間」における松田聖子プロジェクトへの参加である。「赤いスイートピー」を皮切りに、ユーミンが聖子サンに提供した楽曲は全12曲。後に『Seiko-Train』というタイトルでアルバム化され、オリコン1位をとるなど名曲の宝庫だ。
その中で、特に長井サンが印象に残る楽曲として挙げたのが、あのピンクレディーの持つオリコン・シングル9作連続1位の記録を塗り替えた「秘密の花園」。その誕生秘話は、プロフェッショナルとしてのユーミンを印象付けた。
「秘密の花園っていうのは、聖子さんのチャートの記録のかかった重要な曲だったんですね。実は別のアーティストの曲がついてたんですよ、元々は。でも、ちょっとコレじゃ弱いっていうので、ユーミンにお願いして、ディレクターたちが北海道のユーミンのツアー中のホテルに伺って、書いてくださいって……で、一晩で書きあげたのが、秘密の花園だったんです」
そして最終週―― 先にも述べた、ボイスマスター東哲一郎サンによるリーディングが配信された。原作本『黄金の6年間』から、「いよいよユーミン再始動! 松任谷由実の新しい世界が始まった」―― その雰囲気のある朗読は、聴く者を1978年の時間旅行へと誘った。
8月のマンスリーテーマは1979年からシティポップ、スペシャルゲストは藤井丈司
「Spotify」独占配信のポッドキャスト『Re:mind 80’s 黄金の6年間 1978-1983』は、毎月1年ずつ、原作本から1つのトピックをマンスリーテーマとして取り上げる。8月のテーマは――“1979年”から「松原みき『真夜中のドア』 世界中から共感されるシティポップブームの核心とは?」。
スペシャルゲストに、サザンオールスターズ『KAMAKURA』、布袋寅泰『GUITARHYTHM』、玉置浩二「田園」、JUDY AND MARY「クラシック」、ウルフルズ「明日があるさ」などに関わる音楽プロデューサーで、慶應義塾大学アートセンター・ビジティングフェローの藤井丈司サン。そう、音楽業界でその名を知らぬ者はいない “名匠” の一人。
こちらは現在、2週目まで配信中で、第1週のサブタイトルが「シティポップが生まれるまで」、第2週が「シティポップと黄金の6年間」――。近年、話題の “シティポップ” だけど、実はみんな知っているようで知らない、その定義。それを藤井サンが「黄金の6年間」を入口に、音楽史を俯瞰しながら、分かりやすく、ディープに解説。ちなみに、第3週は「シティポップの未来」である。
9月は1980年大滝詠一と松本隆、スペシャルゲストは川原伸司
そして、来月―― 9月のテーマは、1年飛んで “1981年” から「大滝詠一と松本隆『A LONG VACATION』が開けた新しい扉」。いよいよ「黄金の6年間」の象徴たる“ロンバケ”の登場だ。スペシャルゲストに、音楽プロデューサーで作曲家、そして大滝詠一サンの朋友だった川原伸司サンを迎えて、御大の名盤を深掘りしていただく。ナイアガラーも、そうでない人も、楽しめること請け合いである。
ちなみに川原サン、「作曲家・平井夏美」名義で松田聖子サンの7枚目のシングル「風立ちぬ」のB面「Romance」や「瑠璃色の地球」を手掛けており、そちらの裏話も必聴だ。
そう、このポッドキャストは、魅惑の「ベース・オン・トゥルー・ストーリー」であふれている。
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2022.08.15