連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.3 -「復讐するは我にあり」
大河ドラマ史上もっともこわい太閤を演じた緒形拳
子どもの頃に “怖い” と思った俳優がいるとすれば、それは緒形拳だ。まず、単純に怒ったら怖そうな顔つき。眼光の鋭さも、どこかいかつい個性も、小学生には近づきがたいものを感じさせた。NHKの大河ドラマでは多くの俳優が豊臣秀吉を演じているが、『黄金の日々』(1978年)で緒形拳が演じた豊臣秀吉は、大河ドラマ史上もっともこわい太閤だったのではないだろうか。
この頃、筆者は映画に興味を持ちだしたが、この人がそれまでに出ていた映画は『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』『狼よ落日を斬れ』『砂の器』『八甲田山』『鬼畜』など、タイトルだけで子どもに “なんか怖い” と思わせるものばかりだった。
中学に入り、本格的に映画にのめりこむようになった筆者は、そんな緒形拳に立ち向かう決意を固める。1979年、緒形主演の『復讐するは我にあり』劇場公開。これまたタイトルだけでメチャ怖そうだ。しかし、この頃になるとホラー映画にもなんとなく免疫ができつつあった。挑むなら、今だ。宣伝ポスターのビジュアル、座っている緒形拳、その後ろには横たわる裸の女性。映画も好きだが、エロにも興味がある、そんな筆者の思春が刺激された。
名匠、今村昌平の代表作「復讐するは我にあり」
『復讐するは我にあり』は映画ファンにはご存知のとおり、名匠、今村昌平の代表作のひとつ。原作は佐木隆三の直木賞受賞小説で、実在の連続殺人犯をモデルにしている。2度テレビドラマ化されたこともあるので、映画を知らなくてもそのタイトルを知っている人は多いだろう。
ともかく、ひと言でいうと、強烈な映画だった。中学生の欲求を満たすには十分にエロい… のは置いといて、主人公・榎津巌の暴走にひたすら圧倒される。映画は彼が逮捕され、尋問されるエピソードで始まるが、その後時間をさかのぼり、すぐに描かれる最初の殺人の描写といったら! 金槌でいきなり殴りつけ、もみ合い、ナイフをも取り出し、血まみれになり、血痕が付着した手を自分の小便で洗い流す。これだけでぶっ飛ぶには十分じゃないか。
そんな主人公だから、演じる緒形拳の姿ももちろん怖い。敬虔なキリシタンの家に生まれながらも、大戦時の混沌の中で父を軽蔑するようになり、悪事に手を染めて大人になっていった榎津。結果、良心の呵責をいっさい持たず、強盗・殺人・詐欺を重ねて逃亡することになるのだが、とにかく不敵で、ニヤリと笑っただけで恐ろしい。時おり鋭く光る目つきも健在だ。九州弁でまくしたてる言葉には刃を感じるし、実生活ではできれば遭遇したくないタイプ。
じつはダメ男なんじゃないか…? 複雑なドラマの面白さ
とはいえ、緒形拳の怖さは映画の強烈さを構成する一要素でしかなかった。強烈さの主なものは、やはり重みのあるドラマ。犯行の時点で榎津は妻帯者だが、妻はすでに愛想をつかしており、同居している彼の父親に心惹かれている。榎津が指名手配されてからは、聞き込みにやってきた刑事に言うーー “毎日が地獄ですけん” 。
一方、逃亡中の榎津は詐欺に走りつつ、連れ込み旅館の女将と知り合い、いい仲になる。愛を知らずに生きてきた榎津も、殺人犯の母親を持ち、日陰で生きてきた彼女には特別な感情を抱いたようだ。彼女は言うーー “生きてたって、面白いことひとつもない” 。
いやはや、女性たちが発する、このような虚無の連打を中学生がまともに受け止められるわけがない。一方で、女将の母親は先に述べたように殺人の前科があり、憎いその相手を殺したときに胸がすく思いだったという。榎津が殺人犯と知ったとき、彼女は問うーー “本当に殺したいヤツ、殺してねえんかね?” 。
実際、殺人を犯した後の榎津に、願望を果たした際の達成感を見るのは不可能で、むしろ起こしたことにあたふたしているようにも見える。殺したいと思って殺していないのは明らか。先述の女性たちの間をピンボールのように行き来しているのを見ていると、怖いはずの殺人犯が、じつはダメ男なんじゃないか…? と思えてくる。本作で描かれた複雑なドラマの面白さは、そこにある。
どの作品でも鬼気迫る何かを見せてくれる緒形拳
ともかく、こんな具合に “負” のグルーヴが渦巻く本作。こんなものを見せられたら、タイトルが怖いだの、顔が怖いだの、言っていられなくなるわけで、当時の中坊は心のざわつきを禁じ得なかった。同時に、映画というものが表現しうる可能性がグッと広がりを見せた気がして、ますます映画が好きになっていった。
その後、『復讐するは我にあり』はことあるごとに観直しているが、今観ても凄い映画だと思うし、観直す度に発見がある。この原稿を書くために改めて観直したが、当然のことながらこの映画は、その過激な描写ゆえに今の基準ではR18指定となるようだ。中学生がフツーに映画館に観に行けたという昭和の規制が大らかだったことを、改めて思い知った。
ちなみに緒形拳はこの後も、今村昌平監督と何度となく組む。そのひとつ、『楢山節考』(1983年)はカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞。『野獣刑事』(1982年)、『火宅の人』(1986年)、『女衒 ZEGEN』(1987年)、『社葬』(1989年)など、相変わらず主演作の多くのタイトルは怖そうではあったが、どの作品でも個性を発揮しつつ、鬼気迫る何かを見せてくれる。“怖い役者” の実像は、“凄い役者” だった。
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2024.06.01