2月10日

WBC開催記念!ジャーニー「セパレイト・ウェイズ」のビデオはなんであんなダサいの?

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WBCの番組テーマソングにもなったジャーニー「セパレイト・ウェイズ」


ジャーニーと私の関わりについては、このRe:minderで何度か投稿しているのでご覧になった方はご存知かも知れませんが、私はレコード会社現役時代に、洋楽のディレクターとして彼らの『ライブ・エナジー』、『エスケイプ』、『フロンティアーズ』、などのアルバムを担当しており、来日公演や海外取材を通じてメンバーやマネージメント関係者とも近く、仕事をしてきました。

1981年、アルバム『エスケイプ』で世界的に大ブレイクしたジャーニーですが、このアルバムがまだまだ売れ続けていた1983年2月10日に新譜として『フロンティアーズ』が発売されました。日本ではアルバムとシングルが同時発売でしたが、アメリカではもう少し早めにアルバムは2月1日、シングルは1月5日に先行発売されていました。



このアルバムからのファーストシングル「セパレイト・ウェイズ」は、イントロの格好よさから長年WBCベースボール大会の放送テーマ(TBS)として使用されているし、またTVワイド番組での芸能人離婚ニュースの時は局の音効さんが、BGMにして遊んでくれているようです。こういうTVメディアでの使われ方などもあり、ジャーニーの中では “一番有名な曲” になっているかも知れません。

MTVの登場と洋楽黄金の80年代


ジャーニー絶頂に向かう頃のアメリカのロックマーケットでは、バンドが成功するには、“ライブとラジオのふたつが絶対に必要” と言われてました。ラジオ局数が1万以上あり、車社会のアメリカです。まずはラジオでかかって、ライブで観衆を熱狂させなければ成功への一歩すら踏み出せなかったのです。

とは言え、ラジオは局所的なものですし、広大な北米のコースト・トゥ・コーストでエアプレイを獲得していかないことには、シングルヒットは生まれないし、アルバムセールスもツアーのスケールも大きくならないのです。ラジオが全ての “ヒットの鍵” の時代でした。

まさにそういう時代背景の中、1981年『エスケイプ』発表の直後、モンスターメディアとなるひとつのケーブル放送局が出現したのです。ロックに映像をつけて衛星経由で、全米一斉24時間1年中放送する… というスタイルで登場したMTVは音楽業界に強烈なインパクトと様々な変革を与えました。音のみでエリア限定のラジオ局と比して、どれだけパワフルなメディアであったかを想像するのは難しくないと思います。



このメディアは登場以降、猛スピードで、レコードセールス&ライブマーケットに大きな影響を与え、ロックを巨大な産業へと発展させたのです。アメリカの影響下にある日本の洋楽シーンも同じ状況になりますが、洋楽黄金の80年代は、まさにMTVの登場がきっかけになったことは間違いありません。

覆されたマーケティングとプロモーション


ジャーニーはMTV登場以前の1978年の『インフィニティ』から始まって『エヴォリューション』(1979年)、『ディパーチャー』(1980年)と三段跳びで成功しており、バンドメンバーもマネージメントスタッフも、

俺たちは全米中のラジオ局からのサポートをもらい、長年に亘る勤勉的なライブツアーで今がある

―― との認識を強くもってました。

ちなみに、MTV登場直後には、多くのアーティストが、自分たちの音楽が映像に固定されることを嫌う発言が多く見受けられました。その代表アーティストはピンクフロイドでしたし、リスナーの感性によって、いくらでも広がっていく世界観を創り出している彼等にしてみれば当然だったのかもしれません。

また、この時点で成功していたロックバンドのメンバーにしてみれば、自分たちはあれだけ苛酷なことをやってきたからこそ、やっと今の成功を掴んだのに、ツアーの努力や苦労なしに映像の力で金を稼いでるアーティストは許せないし、それを生み出しているメディアは納得できない、という彼等の気持ちもあったはずです。これも理解できます。

そういうマーケティングとプロモーションのやり方が根底から覆されようとしている状況の中、ラジオとライブ命のジャーニーにとって初めて作らざるを得なかったMVが、コンセプト型 の「セパレイト・ウェイズ」でした。

つっこみどころ満載? 「セパレイト・ウェイズ」のMV


1981年の『エスケイプ』発売時には既にMTVはスタートしていたので、彼等もツアーからのライブ映像をプロモーション用としてサプライしていましたし、自分達の大ブレイクにも、このメディアが大きく関わっていることで十分に認めていました。

とは言えライブ映像はともかくも、実はコンセプト型であったり、ある程度の演技を強いられるものについては、大いなる拒否反応があったのです。特にフロントマンのスティーブ・ペリーは「俺たちは俳優じゃないんだ」と語っていたし、コンセプト型は大嫌いでした。

そういう彼らの気持ちを理解していたので、実はこの映像が会社へ届いた時には、てっきりライブ映像だと思っていたのですが、会社B2のビデオブースで観た時は驚いたのです。

ご存知の通り、撮影シチュエイション、そのコンセプト、チープさ、そして彼らのイヤイヤやらされた感… など、つっこみどころ満載なもので、そういう意味で後世に残るほどのインパクトあるMVになってますが、曲の格好良さは何処へ行ったのか? とか何これ? とか、担当者の私としても、どう贔屓目にみても、クエスチョンマークだらけでした。

と言いつつも、観終わった感想は、「そうだよね… やらされちゃったね…」と同情の深いため息に変わってました。もうMTVの力は強大なものになり、地域を超え、時差を超え、全米同時一斉に新曲を流せるわけですから、その威力を認めないわけにはいきません。



ジャーニーは“どこまでもラジオ育ち”


実際、このシングル曲はアメリカで1月に発売になったものの、その前にバンドのリーダー、ニール・ショーンは前年12月から1月とクリスマスホリディ以外はマネージャーと二人三脚で欧米日とプロモーションで駆け巡ってましたし、フロンティアーズ・ツアーも、3月からの全米スタートに先駆けて2月には日本ツアーもブッキングされてました。

レコード会社としては、一日も早くMTVにMVをサプライしたくても、全員揃うタイミングも難しく、仮にツアーのリハーサル映像のシューティングとしても、それでは遅すぎる。おそらく、マネージメントに猛烈なプッシュをいれて、嫌がるメンバーを説得させ急遽何とか時間を確保して撮られたものではないか… と推測します。やっつけ仕事なのか、とは言いたくありませんが、決して “満を持して作られたもの” ではなさそうです。

とは言え、ビデオ到着時点では、既にラジオでヒットしつつあった曲ですし、その映像の評価や感想がどうあれ、「やっとビデオが到着したぞ!」と “新しい武器” が手に入った嬉しさに変わってました。

なにしろ前作で大ブレイクしたアーティストです。楽曲の強さもあり、映像内容はともかくも、音楽番組では優先的に取り上げてもらいましたし、この映像だから流さない、ということはなかったです。と言っても、我々洋楽仲間が集まった酒の席では、そこは本音ですから、「あれ、なんだろね?」とか、ボロクソ言ってました。

彼らは、その後もコンセプト型ビデオはつくってますが、この『フロンティアーズ』も大成功してひと息ついた1986年に発売されたアルバムタイトルを知って思わずニヤっとしました。そのタイトルは『Raised On Radio -時を駆けて』。



―― 意地ですね。映像の力は認めるものの、“どこまでもラジオ育ち” のジャーニーでした。

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2023.03.09
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MotionB
レキシの『KATOKU』という曲のMVが、『セパレイトウェイズ』のMVのパロディです。笑えます。
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