ブルース・スプリングスティーンの歌に「ユーズド・カー」という曲がある。直訳すると中古車。1982年にリリースされたアルバム『ネブラスカ』に収録されている。
主人公の父親は、家族全員を連れて中古車を買いに行く。値引き交渉をするも、セールスマンに断られる。その姿を母親は結婚指輪をいじりながら見ている。結局、父親はその車を買って家に帰る。町の人達が集まってくる。しかし、父親から威勢のいい言葉は出てこない。
そのとき主人公は思うのだ。「もし俺に宝くじが当たったら、中古車には2度と乗らないぞ」と。なぜ彼はそんなことを思ったのだろう?
郊外で暮らすアメリカ人の多くは、家庭を持つとまず車を買う。彼らにとって車を持つことは一種の象徴だ。生活の必需品というだけでなく、成功への最初の一歩を意味している。しかし、この父親は中古車を買うのが精一杯だ。主人公には、そんな父親の姿が将来の自分と重なって見えたのかもしれない。そして、そうなりたくないと強く思ったのかもしれない。
「マイ・ホームタウン」の歌詞にも、父と子と車が出てくる。
この歌は、1984年にリリースされたアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』に収録された。「ユーズド・カー」で歌われたある家族の断片的な光景は、「マイ・ホームタウン」ではその角度を変え、時間軸を与えられることで、より映像的に描かれることとなった。そして、僕には「ユーズド・カー」と「マイ・ホームタウン」の主人公が、なんだか同一人物に思えたりもするのだ。
曲の冒頭、主人公は8歳。父親の車に乗り、ひざの上で一緒にハンドルを握りながら、自分が住む町をドライブしている。父親が彼にこう語りかける。「よく見ておくんだ。これがお前のホームタウンだよ」と。
これがお前のホームタウン
これがお前のホームタウン
これがお前のホームタウン
1965年、主人公は高校生になった。学校でも町でも、白人と黒人の間で喧嘩が絶えない。しかし、彼にはどうすることもできなかった。土曜の夜、言い争いの中でショットガンが火を噴いた。主人公が押し殺したような声でこう囁く。「俺のホームタウンにも苦しい時代がやってきた。」
主人公は35歳。今では町は閑散としている。店は閉められ、大通りにも人はいない。工場長が言う。「ここに仕事が戻ってくることはない。もうお前たちのホームタウンには… 」
ある日、主人公は妻に町を出ようと持ちかける。「荷物をまとめて南部にでも行こうか。」ふたりでそんな話をした夜、主人公は息子を車に乗せて、自分たちが住む町をドライブした。ひざの上で一緒にハンドルを握らせながら。
そして、息子にこう語りかけるのだ。「よく見ておけ。これがお前のホームタウンだよ」と。
これがお前のホームタウン
これがお前のホームタウン
これがお前のホームタウン
当時のアメリカはレーガン政権下において、格差社会が大きな問題となりつつあった。生まれた町で暮らしつづけることも、その町を出て行くことも難しい。この歌の家族はそうした状況におかれている。しかし、どんなに荒廃しても、そこは彼らの故郷なのだ。
「マイ・ホームタウン」は映画のようであり、同時にすべてが現実のようでもある。アメリカ社会の縮図でありながら、小さな町で暮らすひとりひとりのことを歌っている。僕は14歳から今に至るまで、この歌のことを少しづつ理解してきた。でも、まだすべてをわかったわけではない。
この先、また違う感情が訪れるのだろうか。アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』には、そんな優れた歌詞を持つ歌がいくつも収録されている。
2017.04.10
YouTube / BruceSpringsteenVEVO
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