山川啓介×筒美京平の名曲「グッド・ラック」が与えたインパクト
1970年代後半、男性アイドルの代表といえば、なんといっても “新御三家” だ。中性的かつ華やかで、王子様然とした郷ひろみ。ワイルドなルックスに、シャウトやスタンドマイクを使った派手なパフォーマンスが印象的な西城秀樹。この2人に比べてやや地味で、3番手感が否めなかったのが野口五郎だ。
歌唱力はピカイチだし、甘いマスクではあるのだが、神田あたりの学生街を歩いていそうな繊細な文学青年といった趣。「私鉄沿線」や「甘い生活」など、しっとり歌い上げるバラード調の曲は、子どもだった私にはピンとこなかった。
だが、「あれ? 今までの五郎となんだか違う!?」と大きなインパクトを受けたのが、山川啓介作詞、筒美京平作曲の名曲「グッド・ラック」だ。和製AORやシティポップといわれる、都会的で爽やかなメロディーに乗せたのは、眠っている彼女をベッドに残し、旅立つ男心。
ここには、改札口で彼女を待ち、使わなくなったペアのモーニングカップでうじうじ悩んでいた男はいない。「♪ 男は心に オーデコロンをつけちゃいけない」とうそぶく、身勝手で強気な男がいる。だが、五郎の甘い声とさりげないビブラート、爽やかなメロディーが、そのエゴイストぶりをやわらげる。
「女になって出直せよ」「真夏の夜の夢」でも押し出される “強気な五郎”
「グッド・ラック」の後にリリースした「女になって出直せよ」「真夏の夜の夢」も “強気な五郎” を押し出した曲だ。
「女になって出直せよ」でも、五郎は彼女に一方的に別れを告げる。彼女にしたら、いつの日かの再会を匂わせながら「女になって出直せよ」なんて別れ際に言われたら、相当カチンとくるだろう。
だが、AOR風な曲調があまりにも心地よくて、そんな身勝手ぶりはどうでもよくなる。毎回サビの「♪ バイバイ ベイビー バイバーイ 女になって出直せよ~」は、一緒に口ずさまずにはいられない。
そして、「真夏の夜の夢」に出てくるのは、「♪ あなたはバラ ぼくは蝶」と、すべてを忘れて愛欲に溺れる男。ギターをかき鳴らす姿、色っぽい女性コーラス隊とのかけ合いも印象的だった。五郎は、ロック調の曲でもシャウトすることなく、甘くビブラートをきかせる。
感じたのは “ギャップ萌え”? 野口五郎の意外な魅力を引き出した3部作
他にも筒美京平が作曲した五郎ソングは数多くあるが、五郎の意外な魅力を引き出した名曲という点では、これら3曲がずば抜けていた。当時は、ギャップが異性の魅力になるなんて知る由もなかったが、このときの私が感じていたのは、まさに “ギャップ萌え”。あの甘い声があるから、身勝手で強気な男の歌がマイルドになり、ずるくも魅力的な男性像が浮かび上がる。
2020年に野口五郎は、デビュー50周年を迎えたそうだ。盟友・秀樹に続いて、恩師である筒美京平を失い、悲しみは癒えていないかもしれないが、2人のためにも長く歌い続けてほしい。あの、ずるくも甘い声とビブラートを、まだまだ私たちは聴きたいのだ。
2020.11.14