伊藤蘭の本気。サードアルバム「LEVEL 9.9」がリリース
2023年7月19日、伊藤蘭のサードアルバム『LEVEL 9.9(レベル・ナイン・ポイント・ナイン)』がリリースされる。
伊藤蘭がソロシンガーとして本格的に活動を開始したのは2019年のこと。この年の5月に11曲入りフルアルバム『My Bouquet』を発表し、キャンディーズ時代以来となるコンサート活動もスタートさせた。
最初は、このところ目につく往年のスターの復活キャンペーン的企画なのかなとも思った。しかし、彼女はその後のコロナ禍にも負けず、2020年にはコンサートツアーを行うなど活動をキープし、2021年にはセカンドアルバム『Beside You』を発表。ステージ活動も含めてコンスタントに音楽活動を展開していった。
そしてこのサードアルバム『LEVEL 9.9』がリリースされたのが、前作『Beside You』からやはり2年後。この動きを見て、ああ彼女は本気なんだと改めて思った。
多彩な作家を起用、手堅く聴きごたえある楽曲
『LEVEL 9.9』のプロデュースは、この間の伊藤蘭の音楽活動に深く関わっている佐藤準が担当。作家陣も一作目の『My Bouquet』から楽曲を提供しているトータス松本、セカンドアルバム『Beside You』の主力作家のひとりだった多保孝一に加えて、松本俊明、山川恵津子、IKEZO、安部純、奥田民生(トータス松本との共作)など、手練れの作家陣が手堅く聴きごたえある楽曲を提供している。
こうした曲ごとに多彩な作家を起用するアルバムのつくり方はファーストアルバム『My Bouquet』から変わらない。
しかし、1作目では井上陽水、門あさ美、宇崎竜童、陣内大蔵などのシンガーソングライター系の作家が目についたのに対して、2作目では多保孝一、布袋寅泰といったロック色の強い作家が起用されている印象がある。そして今回の『LEVEL 9.9』では、松本俊明、山川恵津子などのポップス系実力派作家の名前が目につくなど、アルバムごとにニュアンスの違いがあるのもおもしろい。
伊藤蘭が作詞を担当した「FUNK 不肖の息子」
そして、それぞれのアルバムで1、2曲の作詞を手掛けてきた伊藤蘭がここでも「FUNK 不肖の息子」で作詞を担当している。面白いのは、ここまでの伊藤蘭作詞曲の作曲をすべて佐藤準が担当していること。ソングライターチームとしての彼らにも注目だ。こうした作家陣の試行錯誤が、それぞれのアルバムのカラーを生み出しているという気もする。
ファーストアルバム『My Bouquet』は大人のアルバムということを意識していたのか、落ち着いたバラード系の楽曲がクローズアップされているという印象がある。
それに対してセカンドアルバム『Beside You』ではビートの強いロック系楽曲が表に出ている気がする。これはこちらの勝手な感想なのだけれど、大人だからかしこまってなければいけないわけじゃない、もっとヤンチャな大人でもいいんじゃないか。そんな意思表示も込められているようにも感じられた。
「LEVEL 9.9」で感じるシティポップへのアプローチ
リリースされたばかりのサードアルバム『LEVEL 9.9』に感じるのは、世界的に注目されている日本のシティポップスをベースにしたポップスタンダードへのアプローチだ。
『Beside You』で打ち出されたロックテイストも健在。けれどそれと共に「明日はもっといい日」「Shibuya Sta. Drivin’ Night」などの手堅く構築された80’s〜90'sテイストの16ビートサウンドがクローズアップされているという気がする。
具体的には「Dandy」のポップファンク、「愛と同じくらい孤独」のブルースロック、「なみだは媚薬」のホンキートンクなど、楽曲によってそれぞれタイプの異なる洋楽ルーツのサウンドが打ち出されている。けれどそうしたサウンドに乗ったメロディや歌のニュアンスに、前作よりドメスティックな匂いが濃くなっているように感じられる。そして、それは偶然ではなく、意図されたものなのではないかという気がするのだ。
洋楽(外国の音楽)のパーツを換骨奪胎して日本ならではのポップスとする。それは明治時代以降の日本の流行音楽のオーソドックスなつくられ方だ。
その組み換え作業のさじ加減でこれまでさまざまな日本の音楽スタイルが生まれてきた。昨今海外で話題となったシティポップスも、洋楽の換骨奪胎(日本的オリジナリティの創出とも言える)における絶妙なテイスティングの成功例と考えていいのではないかと思う。
こうした日本的オリジナリティを生み出すルーティーンを意識的に使って、今の時代にふさわしい日本のスタンダードポップスを創出する。この間の伊藤蘭のプロジェクトにはそんな野望すら感じられる気がするのだ。
ついそんなことを想ってしまうのは、伊藤蘭の音楽アプローチが動き出したのが、彼女が60代になってからスタートしているからだ。
伊藤蘭の一連のプロジェクトに接して強く思うこと
日本のフォーク・ロックムーブメントが始動した1960年代、そしてキャンディーズが脚光を浴びた1970年代には、ポップスというのは圧倒的に若い世代の音楽だった。もっと言えば、この時代に大人の音楽とされていた “演歌” “歌謡曲” でも人気歌手の全盛期は20代〜30代で、それ以降は “ナツメロ歌手” として過去のヒット曲を歌い続けるという例も多かった。
しかし若者の音楽としてスタートしたフォーク、ロックのムーブメントは、その後さまざまな音楽スタイルと出会い、相互に影響を与えつつ、ニューミュージック、J-POPなどと呼ばれるスタイルを生み出していく。
同時にそれは、若者の音楽としてスタートした日本のポップスが、送り手も受け手も大人になっていき、音楽そのものも若い時代を懐かしむだけでなく、歳を経ていく自分たちの “同時代” を表現していった歴史でもあった。
かつては若者はフォーク、ロック、大人は演歌、歌謡曲という棲み分けがあった(本当にあったのかは疑わしいけれど、そういう見方はあった)。
しかし、今やかつての若者音楽の系譜が “熟年” の心を慰めるものになっている。それは、多くの送り手が第一線に踏みとどまっていたこと、そしてかつての “若いリスナー” が “同時代” の音楽を聴き続けてきたことが大きいだろう。
もちろん、若い世代が好んで聴く音楽と大人が好む音楽の違いはあるだろう。けれど、全体的に見て日本のポップスは “成熟期” にあると言えるんじゃないかとも思う。
伊藤蘭のこの一連のプロジェクトに接して、なにより強く思うのがそのことなのだ。
年齢やキャリアなどは関係なく、純粋に好きな音楽を楽しもうとする思い
かつての価値観であれば、60代になって音楽プロジェクトをスタートさせるとすれば、人生の集大成を意識していたり、どこかアカデミックな匂いがあったり、なんらかの意味を付与しようとする傾向があったという気がする。
けれど、伊藤蘭が発表した3枚のアルバムから伝わってくるのは、とりあえず自分の年齢やキャリアなどは関係なく、純粋に好きな音楽を楽しもうとする思いだ。
ビートルズから最新のDTMサウンドまでをリアルタイムで耳にしてきた豊富な音楽的蓄積を踏まえながら、年甲斐などといった既成概念にとらわれることなく自分が共感できる音楽に目いっぱいの想いをぶつけていく。そんな心意気と遊び心がアルバムを出すごとに強くなっているように感じられるのだ。
“60代であろうと自分が楽しいと思う音楽をやる” という伊藤蘭の姿勢は、結果として新たな60代のスタンダードをつくり出そうとしているし、さらに世代を超えた新しい日本のポップミュージック創出へのアプローチにもなっているんじゃないか。そしてその姿勢は、年代や性別に関係なく自分なりのポップミュージックのスタイルを模索しているアーティストにとっても有効なものになるのではないかとも思う。
最後に、このアルバムで奥田民生とトータス松本が共作した「春になったら」から感じられるキャンディーズテイスト、そして佐野元春の「Someday」へのオマージュかとも思える「今」など、“歴史の匂い” を感じさせる楽曲をサラリと歌いこなす伊藤蘭の歌唱の余裕とキュートさがとても印象的だった。
速報!日比谷野外大音楽堂での追加公演が決定
デビュー50周年のツアーファイナルとなる追加公演は、100周年を迎える日比谷野外大音楽堂にて10月21日(土)に開催される。
チケットは、本日7月18日(火)AM5:30より、オフィシャル最速抽選先行がスタート。なお、明日7月19日(水)発売の 3rdアルバム『LEVEL 9.9』にて日比谷野外大音楽堂の封入抽選先行も開始。50周年ツアー抽選先行申込用シリアルナンバーが封入されるので、こちらもチェックしよう。
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2023.07.18